こんにちは
 
心とカラダのセラピスト
河村 陽子です。





さっき外に出たら

意外と涼しかったです!
あ、というよりも

あっっっつくなかった、ということです。





さてですね。

宇多田ヒカルさんの

「time will tell」っていう曲が好きなんですけど



そういえば

時間が経ったことで

少しだけ気にならなくなったな〜って思うことがあります。



それは、約3年前のこと。

実家では高齢の母が一人暮らしをしていて

毎朝、安否確認的に私が電話をかけることになっていました。



ですが

ある日、電話をかけて

「どう?元気?」「うん、特に大丈夫」

という会話で切ったのですが



母が立てなくなったままコタツで一晩過ごしていたことが

後から判明しました。全然大丈夫じゃないじゃん!!

(私よりは近くに住む義兄が訪問してわかった)



何ともいえずショックでした。



また、こんなこともありました。



ほぼ毎日欠かさず私は電話をしていましたが

たまたま、ほんとにたまっったま

電話するのを忘れてしまった日。

また

立てなくなっていたのです。




母は

いったん床にお尻がついちゃうと

一人で立ち上がれないような状態だったのです。

にもかかわらず

意地で?一人暮らししていた。

私や姉は、しょーがねーなと思いながら、、
毎日安否確認することを条件に
一人暮らしを見守っておりましたのです。

(ここで姉の言い分はまた色々ありそうなんですがそれはまたの機会にでも)





「母の様子を、単に言葉での会話じゃなくて
もっと雰囲気的に感じ取るようにしておけば…」

「家族なんだから、なんかおかしいってカンが働いて当然だったんじゃないの??」

「なんで大変な時に限って電話しなかったの?」

などなど

私は後悔と責めの日々でした。


そんなこといらないのに(自分を責めること)。

や、責めたかったのかもしれないですけどね。






ほんとね、りゅうき式カウンセリングが必要なくらい

胃が苦しくなって、
喉も詰まる感じするし
身体全体がおもーーーーくなるような

そんな、頭を抱える日々でした。




ですが

今は

母が施設に入っていることや
認知症っぽくて色々わからなくなっていることもあり


そして

最初に書いたみたいに時間が経っているから

大変だったなーとは思うけど

体感があるまではいかないかもです。



あの時、徹底的に後悔したり
自分を正当化したり
これでもかってほど「感じ」て

人に相談したり

お母さんの性格上、そうなるわな。。。
ってしたり

しましたが



やっぱり「時間」って大きいですね!

まっただなかにいると死にそうですが

それでも日は昇る。




たんたんと

過ごしていこうと思います。