こんにちは


 

 

 

 

とける整体の陽子です。

 

 

 

 



先日の続きですが

 

 

 

 

 


 

 

 

また、母に会いに行きました。

 

 

 

今回は


正直に言うと


 

 

 

 

  

ちょっと「いい加減にしてくれ」


と思ってしまった。

 

 

  

 

 





 


 

世間的に普通の考えでいったら…


自分を産んで育ててくれて、無条件に色んなわがままを聞いてくれた親なのだから


恩返しや親孝行として精一杯お世話をしないといけないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

だが

 

親も親でわがまますぎるのだ!!

 

 

 

あれをとってこい、これをとってこい。


これじゃない。


あの場所にあるはずだ。

(その記憶がまた信用できない)

 

 

  


アレ買ってきて。


やっぱいいや。

 


 

 

あ、そうだあれもこれも追加で。



 

あら、こんなのあったんだ…(いやアナタが買ったんでしょ)

 

 

 

 

  


 

 


 

わかります。

 

こんなの序の口。

 

もっと大変なことを何年もやってる方もいる。

 


別に私は、病院に連れて行く訳じゃないし


力仕事的なこと(母を起きあがらせたり着替えその他の日常の世話)もしてないし


会うのは数週間に一度とか。

 

 


 

 


 

でも

 

子育ても夫育てもなんでもそうだけど

 

 

 



 

今 対峙してることがすべてで



 

「それだけ(介護だけ、子育てだけ)」でなくて


ほかのこと(仕事、家事などなど)との兼ね合いもある。


 

 

 

 

 

いつも聖人君子ではいられない。


あ、別にそうなろうとはしてないけどね。

だが、つい「平然とやってる」風にしてしまう自分もいるのだ。

 

 

 

 

 


 

疲れるなあーー。

 

 

 

 

 

 

でもこうやって改めて考えると


これまで、


時代背景もあるけどたくさんの人に尽くして世話をして

(母がみんなにないがしろにされてるような、そんな雰囲気をコドモの私は感じ取っていたこともあった。妄想なのだろうけど)


おばあちゃんや父たちの最期を看取って


ついに一人になってしまった母。


いつの間にかちっちゃくなってるし


記憶力や理解力も加速度的に落ちていってる。


えっ?ていうことをたまに言ったりする。


なんていうか、、認知症ではないんだけど

ちょっとズレたことを言うんだ。


そういえば、父も晩年…テレビ見ながらうたた寝してハッと起きて「陽子たちは帰ったのか?」と言ったりしてたらしい。もちろん私は遊びに行ってはいない。

 

 

 

 


 

母にはなるべくストレスなく楽しく、好きなように過ごしてほしいとは思う。



思うけど…


いざ何かやるとなると、

 

 



「ハァ滝汗!?」


とはなるよね。

 

 

ココロが狭いの??

 

 


 

 

 

 

 

いや。

しょうがないですな。

 

 

 

  

  

 

 



私は


ちょっと罪悪感感じつつもあるけど


個人的には思いっきり遊んで



整体の仕事も思いっきりやって


稼いだお金を気持ちよく使って

(豪遊するだけじゃなく、こどものことや家の何かとか)

 

 

全力で音楽活動をして

 

 

…っていうのが、「腹をくくって親のことをやる」ということへの原動力だ。


 


 

 

 


 

 なかなかゆっくり書けないなぁ。


でもいつも読んでいただきありがとうございます😊