J.D.サリンジャーに捧ぐ | 花福日記

花福日記

元お花屋さんが描くオモシロマンガ。
『夫が白血病になったのですが。』
『部屋で植物を育ててみたいのですが』ダブル重版出来!

日本山岳・スポーツクライミング協会の機関誌「登山月報」でひっそりと4コマ漫画連載中!

サリンジャー先生の訃報を聞いて
つい買ってしまいました。
salinger.jpg
本当は「倒錯の森」に入ってる
「ブルーメロディ」が読みたかったんですが
売り切れでした。

すっかり内容を忘れていて(20年近く読んでなかった)
まるで初めて読むみたいでした。
「ヴァリオーニ兄弟」良かったです。





サリンジャーファンの方は続きをどうぞ。


みけ子がハワイの「日刊サン 」という日系新聞で
ライターをしているのですが
サリンジャーネタのコラムが結構面白かったので
転載させてもらいました。

↓こちらです




J.D. サリンジャー死去

 ニュースを見たのは木曜日だった。J.D.サリンジャー死去。享年91歳。いつかはこの日がくるとは分かっていたけれど、なんだか上手く信じられなかった。初めて彼の作品を読んでから、もう20年以上経っているんだな、と改めて思った。

 サリンジャーは1919年ニューヨーク生まれ。短編作家としてキャリアをスタートして、1951年初めての長編『ライ麦畑でつかまえて』であっという間に世紀の大ベストセラー作家となった。しかし作家として成功したサリンジャーは田舎に引っ込んでしまい、世間から完全に姿を消してしまったのだった。その後いくつかの作品を発表したものの、1965年の短編を最後に沈黙。それっきり新作は発表されなかった。

 サリンジャーは雑誌に発表した29編の短編から9編を選んで短編集『ナインストーリーズ』を作った。そしてそこに収録されなかった作品は作者本人によって出版を禁止されてしまった。しかしありがたいことに日本ではこの抹殺された短編を集めた選集が出版されている。日本の出版社は短編が掲載された雑誌をどうにか集めて翻訳したんだろう。私はこの選集を数え切れないくらい何度も読んだ。英語のオリジナル版も読みたかったけれど、1950年代のアメリカの雑誌を日本で見つけることは結局できなかった。

 3年前、ダンナはニューヨークに住んでいた。そうだ、ニューヨーク公共図書館なら昔の雑誌もあるはずだ、なにしろアメリカで最大規模の図書館なんだから。そういうわけで私は短編の中でもとりわけ気に入っている作品を選んで、1948年の『コスモポリタン』のコピーをお願いした。「何月号かまでは分からないけれど、サリンジャーの小説が載っているやつなんだからすぐ分かると思うよ」もっと早く頼めばよかった。でもまあいいか、やっとあの原書が読めるんだから。でも残念ながら、物事はそう簡単にはいかなかった。

 雑誌はちゃんとあった。でもサリンジャーの短編は載っていなかった。というか消滅してしまったのだ。コスモポリタンのサリンジャーの作品は、何者かによって破かれて失われてしまっていた。そしてそれを破いたのは、なんとサリンジャー本人であるらしい。

 親切な司書はそう教えてくれた。これはニューヨーク公共図書館ではどうやら有名な逸話であるらしい。何十年も隠遁生活を続けているような作家だから、それは大いにありえることだろうと思う。まるで小説みたいな話しだけど。

 サリンジャー氏死去。どうしてそのニュースが上手く信じられなかったのか、少し分かった気がする。作家が生きているか死んでしまったかというのは、読者にとってはあまり関係ないのかもしれない。彼の言葉は私の中で生きていて、もう自分の一部になってしまったから。

 ありがとうサリンジャー先生。長い間おつかれさまでした。