今朝わたしは
やってしまいました。
その瞬間
心臓が飛び出そうになり
身体中が震えあがってました。
早朝の配布のお仕事の帰り
事故を起こしました。
気付けば
真っ赤な高級車から
紳士なおじさまが下車してきて
震えているわたしに
「私は恐いものではないから
安心してください。落ち着いてください。
警察を呼びましょう」
落ち着いたトーンで
車を安全な場所に停車しました。
詳細は控えますが
完全なるわたしの過失です。
言葉にならないあの感覚。
恐ろしいほどに震える身体。
心臓のドック、ドックの心音とともに
心臓が飛び出てきそうな感覚。
言葉にならない気持ちと罪悪感。
と同時に
懸命に謝罪するわたし。
冷静に警察に電話し
保険会社に電話し身体は震えてるのに
頭は切れ切れなわたし。
凹むね、落ち込むね。
自分にガッカリしちゃったし
わたし、何やってんだろ
そんな気持ちにもなりました。
これから
保険会社同士の示談に入るので
どうなるかまだ分かりませんが
最後に
紳士なおじさまからの言葉。
「お互い無事で良かったですね。」
昔々
五日市さんというかたの
講演を聞いたことがあり
すぐに思い出しました。
(ツキを呼ぶ魔法の言葉で有名?な方です。)
五日市さんは
交通事故を数回経験していて
事故を起こした瞬間
有り難うございます。
これを
唱えているそんな話を聞きました。
最悪な状態を
有り難うございますの一言で
難を最小限に終わらせる
曖昧ですがそんな内容でした。
「有り難う」の感謝って
調子がいい時は
簡単に言えるのかもしれません。
今朝のわたしは
謂わばピンチ極まりない絶望でした。が
有り難うございます。
有り難うございます。
有り難うございます。
紳士なおじさまもわたしも
無事だったこと。
紳士なおじさまの愛車に
追突したことは本当に申し訳ない。
しかし、損傷はないに等しいくらいの
最小限であったこと。
(↑こちらは見た感じの話でこれから変わる可能性は
あるかもしれません。)
紳士なおじさまは直感ではありますが、
被害者にも関わらず
加害者のパニック状態のわたしを
守ってくれたこと。
事故処理後
帰りの車中でわたしは
「有り難う」この言葉を唱えました。
もちろん精神的には
かなりショック受けてるし
凹んでるし穴があるなら入りたい。
反省もしてるし
改めて安全運転について
めちゃくちゃ考えさせられました。
だからこそ
「有り難う」を淡々と唱えました。
これからどうなるか
それは分かりませんが
ピンチの状況の中にも
有り難いな、有り難いな
それは、「ある」を体感しました。
仕事をやると決めたのも「わたし」
判断誤ったのも「わたし」
すべて「わたし」が選んでやってること
素直に反省し受け止めます。
紳士なおじさまの体調
紳士なおじさまの愛車
心配や不安ももちろんありますし
示談成立するまで居たたまれないけれど
これでよかった。
無事、解決に向かうことを祈ります。