(前略)
「女性である私」に
私自身のアイデンティティを
置かないでほしいんですね
陽の性質には
「乖離・分離」というような
離れていく性質があるので
性差や人種差、持つ者と持たざる者
そういった「分けて考える」になると
女性性を意識しているにもかかわらず
性質が「陽」、つまり「男性性」に
傾いちゃうんですよね
タイトルに書きました
「女性の時代」ではない
っていうのは、僕が女性差別主義
というわけではなく
「女性!!」にアイデンティティ
私の価値を置いてしまうと
男性性に、陽に傾きますよっていう
そんな意味です
女性の時代というよりも
女性性の持つ
柔らかで、優しく、しなやかで力強い
包み込み許す、愛され上手
そんな
「女性『性』の時代」
陰の時代ってことです
(中略)
性差で分ける、陽の性質だと
「正しい」ものこそ「正しい」
そんなギスギスした社会になっちゃう
あ、これは今の世の中か
それが暴力になり、戦火になり
人を分断する世界になっちゃう
そう考えると、ベルリンの壁が
昭和末期に起きたのは
「さぁ、陰の時代が始まるよ」
「皆分断じゃなくて融合だよ!」と
地球に教えられている気がしますね(´▽`)
ただこれは、どこかの秘密結社が
そう誘導しているわけではなく
ミクロに見ると、ひとりひとりの中の
陰陽のバランス、それが陽に傾いている
みんな陽に傾いているから
社会とか世界も陽に傾いた
って感じです
大げさではなく
一人一人の陰陽が整えば
戦争はなくなるんですよね
脱線しました(;´∀`)
僕はまぁ女性が好きです
いるだけで場が華やかになりますし
可愛いし癒される
クールでカッコいい女性も素敵
賑やかで楽しい女性も
内気で庇護欲を掻き立てる女性も
ただ、女性性を考えるとき
いつも思うことですが
「女性である私」に
価値を置かなくて良いですよ
と、思うわけです
上に書いたように
「女性」である私に価値を置き過ぎると
性の分離、陽に傾いちゃう
精神が陽に傾いちゃうということは
身体も陽に傾いちゃう
(中略)
陰の性質は、言い換えると
「自己中心」だったりします
というか、陰陽論で見ると
陰=中心
陽=外周
なわけですから
まさに、陰っていうのは
自己が中心にいるわけです
自己中心です
自分を見る
こころでも身体でも
自分のことを見てあげる
これが、「陰」の持つ内側の力
陰を元気にすることにも繋がる
野潟さんブログより引用
全文はリブログ記事にて![]()
