数年前に「ヤノマミ」という原住民族についてNHKか何かでドキュメント番組が放送されました。
そのときの赤ちゃんの捉え方が、生まれてから母親が抱き上げるまでは精霊であるということ。
母親が人間(家族)にすると決めた瞬間から人間。そうでない場合は精霊として森に返すそうです。
要は口減らしなんですが。
お腹の子供も自分の子ではなく、森の精霊ということになるそうです。

この考え方だと、死産や流産したとしても、森に返ったということになります。
人工流産や死産は技術的に無理なので、無事に生まれても家族として受け入れられない場合は、口減らし。森に返す。

死産や流産は経験した人でないと分からない苦しみがあると思います。二人とも無事に生まれた私には正直分かりません。
妹は死産を経験してます。死んだ子のことを忘れたことはないそうです。次の子たちが無事に生まれ成長している今でも苦しんでいます。
人工死産や流産された方も、自然流産や死産とは違う苦しみがあるのだろうとは思います。

私にある妊娠出産にまつわる不安な経験といえば、持病で服薬しながら妊娠を続けたこと。二分脊柱の子が生まれるかもしれないと頭のすみに置きながら、お腹に子供を抱えていたこと。
私はフェノバール単剤服薬でしたが、今では妊娠出産可能なデパケンでも、昔は医師から妊娠禁止、場合によっては人工流産の対象だったと最近になって知りました。

無事に二人を出産できた私には、死産や流産した人の気持ちは分かりません。
ヤノマミの考え方はとても理にかなってると思ってしまうのです。
子供を森に返す罪悪感を少なくする、女に都合いい考え方かもしれません。子供を亡くした人は、自分に非が無くても自分を責めるものですから。

お腹の子は、人間ではない、森の精霊という考え方、とても斬新で頭に焼き付いて離れません。