日蓮宗 上行寺の副住職をしております遠山玄秀です。
11月23日のことでした。
お寺にお電話をいただきました。
22日の夕刊を読んだのですがとのことです。。
タイミングが悪く、私はお寺にいなかったのですが。。
電話を受けた母親の話によると。。
「4年ほど前に、自分の母親を亡くしたのだけれどもそのことで相談に乗ってほしいことがある。話を聞いてほしい。」とのことでした。
また、今すぐにでも船橋にお伺いします!くらいの勢いだったそうです。。
後程、またご連絡をいただくということになったのですが、結局ご連絡はありませんでした。。
おそらく、新聞の記事を読んで勇気を出して電話をしたのだけれども。。
私がおらず、肩透かしの形になってしまいもう一度の連絡を躊躇されたのだと思っておりました。。
そして、24日のことです。
横浜でご法事でした。ご連絡をいただいた方も神奈川の方。。
何かのご縁なのでしょう、ご法事が終わったあとご連絡をさせていただいきました。
急きょ後程お会いすることになりました。
お会いさせていただきましたら、ご自身の抱えている想いをお話ししてくださいました。
今まで、なかなかお話しできる方がいなかったのでしょう、しばらくの間、停まることなくお話しくださいました。
内容についてはここに書くことはできませんけれども、やはり「死」に関することはなかなかお話しできる「場」というのもないですし、お話しできる「人」というのも見つからないのが現代だということを思いました。
大切な人を亡くした時、人は今までと違う状態になることがあります。
あるいは、周りからみたらちょっとおかしいのでは?と思う行動をおこすことがあります。
けれども、それは大切な人を亡くされたのだから当たり前なのです。
同じ人はおりません、なので、亡くなった時の想いも、状態も違うのです。。
その人を受け止める、受け入れる。それが大切だと思います。
私でよろしければ、ご相談に乗らせていただきます。
∞遠山玄秀∞