五十嵐貴久さんの「マーダーハウス」(実業之日本社)

 

   鎌倉、というよりは北鎌倉寄りに立地する日額院大学に進学が決まった理佐。レキジョではないけれど、日本史、特に平安末期~鎌倉初期の歴史好きな理佐にとって、全国的にもレベルが高い日額院の史学科への合格は夢のよう。しかも、キャンパスの所在地は憧れの地、鎌倉です。

  しかし、ひとつ問題が。理佐は新潟で生まれ育った女の子。当然ながら下宿暮らしになるのでした。一切の費用を負担してくれると両親は言いますが、下宿の家賃は、高くても5万円台におさえたいというのが本音。しかし、大学近隣の、つまり横浜~湘南の家賃相場は、6畳間ユニットバスつき1Kが安くても6万円ぎりぎり、バス、トイレが分かれていると6万5千円を切るのは難しい。そこで友人が勧めてくれたのが、シェアハウス。大型家電や家具付きの物件が大多数という実態もプラスポイントです。特に独り住まいを”外部から”襲われることを心の底では恐れていた理佐にとっては、同居人がいるというのが頼もしく思えました。さっそく不動産業者の情報をネットで調べますが、部屋探しに関しては、ひと足出遅れてしまったらしく、条件の良いところは軒並み「契約済」。がっかりする理佐の目に留まったのが、湘南モノレール沿いにあるシェアハウス、「サニーハウス鎌倉」のホームページ。急に欠員が出たので近日中に入居できる住人の募集が掛かっています。詳細をしらべると、サニーハウスは男子4人、女子4人が定員。大部屋をパーティションなどで区切ったパターンではなく、入居者ひとりにつきバス、トイレ完備の個室を用意、鍵もかかります。専有面積は、各室18畳ほどの広さ。唯一の欠点は最寄りのモノレールの駅から、徒歩20分、丘陵地なので坂道あり、舗装されていないため、雨天の場合、歩きにくいということ。それで家賃は4万5千円の安さ。安すぎることに不安になった理佐はサイトに載っていた管理会社に電話して、事情を確かめます。管理会社の話では、サニーハウスは都内在住の裕福な老婦人の所有する別荘として建てられたため多人数向けの設備が整っていること、ひとり息子が成長し、もはや別荘としては使われていないこと、息子が一家を持った時に住む予定だったのに、息子は結婚と同時にロンドンに長期赴任が決まったこと、売らずに財産として所有し続けるつもりなので空き家の状態で放置したくないこと、きれいに使ってくれる人がいれば維持管理のために住んでほしいので、ほんとうなら無料で良いと思っていたが無料だと良い入居者が住んでくれないかもしれないと言われ、家賃を払ってもらうことにしたとのこと。

  その事情は納得できるものだったので、理佐は写真付きの身分証明書をおくり、ネットで契約を結びます。

  入居の当日、「鎌倉」というイメージには遠い辺鄙な立地に不安がよぎる理佐。しかし、実際のサニーハウスは丘

の上の瀟洒な館。観光地の安ペンションのようなところはなく、相応の歴史を感じさせる高雅な佇まいに、理佐はひきつけられます。他の7人の入居者は学生か若い社会人たち。軽かったり、無口だったりする人もいますが、彼らを含めて、みな品が良く、見た目も優れた若者ぞろい。感じが悪い者はいません。さらに、男子と女子の居住空間が、1階と2階で分かれているのも、風紀上、好ましく思えます。

  それでも、館内の行動に節度を持つなら、住人同士の恋愛も禁じられていないとのことで、入居後、一カ月ほどたったころ、理佐は男子入居者で、中肉中背ながらも精悍な体育大生、鈴木から土曜のランチに誘われます。彼に好感を持ち始めていた理佐は、誘いを受けてスポーツジムに併設されたカフェで、彼を待つのですが・・・・・・

  ジムの中で、ウェイトリフティング中に起きた事故。およそ、鈴木の慎重な正確では起こり得ない単独事故によって、死亡していた鈴木。ショックを受けるルームメイトたち。そして理佐は、実は彼女の前に入居が決まっていた若い女性がいたこと、しかしその女性は数日サニーハウスで暮らしただけで、「別のところを探すことにした」と言いおいて、部屋を出て行き、そのまま連絡もないということを知ります。

  その後、恋人同士だったふたり、看護師の華やか美人エミと、リーダー的な好青年、綿貫が、いっしょに仙台で暮らすと言って退居。ふたりの仲は終わっており、綿貫は理佐に近づこうとしているように見えていたので、住人たちは虚をつかれたものの、チャラ男イケメンのカズの「子どもができた」説に納得。理佐は書店のアルバイトをはじめ、また全員で屋上でプール開きする、綿貫に代わって社会人の羽佐間がリーダーシップをとってホームパーティする、など、充実した楽しい日常に追われ、鈴木の死も忘れがちな毎日。

  しかし、そんなリア充な日常のうらで、その「忌まわしいもの」は禍々しい毒によって力をためながら、「時」を待っていたのでした・・・・・

 「それ」が次に牙を剥いたとき、新たな「死」を事故と思い込もうとするルームメイトたちをよそに不安に耐えられなくなった理佐。彼女は近々、所用で鎌倉に来るので会おうと約束していた高校時代の男友だち、高瀬に連絡をとります。予定を早めて鎌倉に来た高瀬。話を聞いて考えたあと、高瀬はサニーハウス鎌倉の所有者、館の来歴、すべてを調査し、不審点を実証して見せていくのですが・・・・・・

 

 

 あの「鮎川哲也賞黒歴史作品」を読んだあと、口直しが必要!と、真瀬もとさんの本格歴史ミステリー「アレッキーノの柩」か「お楽しみはこれからだ!」を読み始めるか、佐藤究さんの「QJKJQ」より前にこの設定で書かれていたということにビックリだった綾里けいしさんの本格ゴス・ミス「ヴィランズテイル」(”あの設定”の描写が「QJKJQ」より巧妙な上に、その設定にした意味もあり、〇〇という逃げ技でごまかしてない。ただし、ラノベ)の再読をするか迷いつつ図書館へ行ったところ、「予約本きてますよ」と渡されたのが、これ、五十嵐貴久さんの「マーダーハウス」です。

 

  予約していたことすら忘れてました。実は、五十嵐貴久さんの新刊は、タイトルでミステリーかホラーだと解ると、数冊に1冊は借りてしまいます。卑しい心根だと自覚してますが、「突っ込みをいれつつ読む」と、ネガ方向のウサ晴らしにピッタリなのです。

  今回ばかりは、「これ以上、どうしよーもない本」は読みたくないという気分でしたが、まあ炊事の前にチラ見だけ、というつもりで本を開いて・・・・・・

 

  何度も表紙を閉じました。

  「作者を確認する」ために。ほんとうに五十嵐貴久さんが書いたんだろうか・・・・・

 

  そして食材をしまったばかりの冷蔵庫に向き合ったまま、半分ほど読み・・・・・・

  寝室の壁際に高速移動。

  残りの半分は、壁を背に寄りかかって、座って読みました。

  だって・・・・・怖かったから・・・・・・

 

  背中が開いてると、襲いかかってくるかもしれないし・・・・・

  立っていると、脚にすがりついて登って・・・・・ぞぞぞぞぞ

 

 こんなふうに「読んでいる最中に」怖気に襲われたのは、20世紀末の天才的フリーゲーム作者「Pia少尉」さんが作ったパソコン用フリーゲーム「1999ChristmasEve」を深夜にプレイして以来、2度目です。ノベルゲームなので「読む」んです。まだネットにURLが残っており、ウィンドウズ10でもプレイできたので、「怖いのは、まったく平気」という方のみ、気が向いたらやってみてください。

 「呪怨」レベルのホラーでも怖かったという方、「何度も金縛りにあった」という方、そしてそして「視えちゃうんだ」という方はプレイしないでください。序盤だけ、でもやめましょう。序盤も序盤に「生還エンド」なのに呪われそうな分岐があり、初プレイの人の半分以上は、ここでヤバい方に行く、と思うので。

  また一方で「自分は無神論だ」と自信のある方、「お守りや御朱印などにお金を払いたくない」という方、「そもそも寺社など行きたいとも思わない」という方、実は一番、このゲームをやってはいけない種類の方たちだと確信しますが、自己責任でプレイなさるなら、敢えて阻止するものではありません。

 

  ものすごくヤバい脱線をしましたが、この脱線部分が怖い、と思った方でも本書「マーダーハウス」を読了することは可能です。「怖さ」の方向性が、まるっきり別方向、別ジャンルなので。

 

  ホラーなのですが、ミステリー要素もかなり強いので、特に 「フーダニット」が好きというミステリーファンの方には楽しめるのではないかと思います。実際、高瀬くんが探偵役として登場したときの、「もう大丈夫」感は、そうとうに大きいです。高瀬くんは「自ら動く」タイプの探偵役。「動きながら手掛かりを探しつつ考える」のではなく、「証人の話を聞いてから論理的に考え、結論の正否を確認するために動く」タイプなので、無駄な行動シーンがなく、テンポ良く読めます。

  今邑彩さんの「七人の中にいる」やパット・マガーの「探偵を探せ!」に似た風味を感じます。北山猛邦さんの「アリス・ミラー城」ににていますが、アンフェア感はない。クリスティの「そして誰も~」と中編「三匹の盲目のねずみ」を掛け合わせたら、こうなるかも、と。綾辻行人さんの「殺人鬼」や岡嶋二人さんの「クリスマス・イヴ」の「謎解き要素の無さ」にがっかりしたという方や、ジェイソンなんて怖さのカケラも感じないという方には、けっこうご満足いただけるのではないか、と思います。

 

  高瀬くんが論理的で、警戒と冷静さを両立させるキャラで、探偵役としても十分、合格点。で・・・・・結果はああいうことになるのですが。「殺人が起こる前に防ぐ」という方針は徹底していて「今さら変更できない過去の事件に関しては不要な御託を言わない」潔さ。

 

 この小説が「ホラー」なのか、「ミステリー」なのか。読み返してみれば、分岐点は明らかなのですが、初読の人の多くは見落とすと思います。

 

  この作品がミステリーかどうかは読んでのお楽しみですが・・・・・・ネタバレにまるで関係ないので明記してしまいますが、わたしにとって、この作品の一番のミステリーは「五十嵐貴久さんともあろう人が、こんな秀作を書いた」という事実です。

  だいたい、すでに文章が五十嵐さんの文章ではないです。失礼ながら、前回の一本木透さんの文章と比べると、「これがプロの作家さんの文章」という面目躍如。内容も、ものすごく出尽くしたテーマなのに、気にならない不思議さ。正直、おもしろかったです。

 

  唯一、見つけた突っ込みどころを敢えていうなら、「梅雨に一雨降ったあとの逗子の海が、あんなふうに見えることはない」という事実ですが、わたしが逗子の海岸沿いに住んでいたのは、かなり前のことなので、もしかしたら海洋環境が非常に良くなったのかもしれないし。

  ちなみに20世紀末の湘南、少なくとも逗子や鎌倉材木座の海岸は、もう、すごいものがありました。毎年、今頃の季節になると、何台もの大型トラックが防波堤を超えて、浜に乗り付けます。積んでいるのは「砂」です。沖縄の星砂でもなんでもない、砂場用の砂を大量に運びこんで、それを、浜辺一面に撒きます。なぜなら「ふつうの砂が枯れていて、ヘドロ剥き出しの箇所が、あまりにも多い」から。海開き前に、これを終えるまでは、サーフィンを楽しみに訪れる人もいない。

  ついでに言うと、3月くらいには、はるばる九州の大分あたりから「活きアサリ」を積んだトラックが大挙してやってきて、「潮干狩り用」のアサリを撒いていく、というのも早春の風物詩。このあたりの環境もすこしは美化されて、清らかな海になりつつあるのか。

  なにしろ、さらにそのむかしは、隅田川が真っ黒なタール状、にどと「生物が住めるようにはならない」と予言されていたくらいですからね。

 

 で、さすが「軽いがゆえに速筆」「第二の吉村達也」「平成の早書きたっちゃん」と一部で言われている五十嵐貴久さん。さすが、と言いますか、「マーダーハウス」の予約が回ってくるまでに、すでに新刊が出ていました。某愛読者さんのデータによると、今作で「287作目」ということになります。赤川次郎さん、西村京太郎さん、佐伯泰英さんたちには及ばないですが、充分に「多作」だと言い切れます。

 新刊のタイトルは「アンサーゲーム」。版元が双葉社さんという点が、かなり引っかかります。版元さんには独特のカラーがあり、けっこう影響があるのです。私としては、

原書房さん:ほぼ確実に読む。場合によっては買う 

筑摩書房さん:読む。文庫で初版のケースが多いので700円以下だったら買う

河出書房新社さん:必ず読む。よほどの秀作以外「国内ミステリー」を刊行しない版元さん。図書館の予約数が少ないので、図書館利用。

東京創元社さん:新刊の発売日になったら、即、図書館に予約をいれて読む。お値段設定が高いので、まず買うことはない。

講談社さん:読むかどうかは読書メーターのレビューが一定数そろったところで、よくよく考える。メフィスト賞受賞作でも同じ。

早川書房さん:実は国産ミステリーの刊行数は少ない。なので、思いのほか、お世話にならない。ミステリー叢書の新刊はよむ。

幻冬舎さん:「当たり」が多いので、たいてい読む。しかし図書館本。

ポプラ社さん:「ピュアフル文庫」レーベルで国産ミステリーが刊行されたら、平均の8割程度に安価なので買う。芦原すなおさん、村山早紀さん、そしてなんと、あの「二木悦子さん」の主力版元さん。他社が重版しなかった秀作の掘り起こし、再出版も多い(桜庭一樹さんの「青年のための読書クラブ」、皆川博子さんの「倒立する塔の殺人」など)。「猫入りチョコレート事件」を見た時から病みつきに。(ただし”ミステリー”にかぎる)

みたいな感じで分類してますが、双葉社さんは祥伝社さんと並んで「見なかったことにする」版元さん。

まあ、今回は大当たりだったので、図書館に予約は入れましたが。