今村昌弘さんの「魔眼の匣」(東京創元社)

 

  見棄てられたペンション、紫湛荘で名探偵にして大先輩の「あの人」が帰らぬ人になってしまったため、神紅大ミステリ愛好会の部長にさせられた葉村譲くん。ペンションで多大な犠牲、死屍累々になってしまい、愛好会のメンバーはたった二人。もうひとりは、絶世の美人女子大生の剣崎比留子女王様。年上なのに、部長職を葉村くんに押しつけた上、じつはミステリー小説、用語に関する素養は果てしなく低く、しかも、自ら進んで研鑽する姿勢ゼロ。”学食サバの謎”などなど、身近な”日常の謎”をでっちあげては勝手に推理してモチベーションを保っているのが葉村の「ミステリな日常」です。

  しかし、あれがこうなって、こうなった結果、斑目機関との関連疑惑が濃厚となった、第二次大戦当時の研究所「魔眼の匣」の存在があきらかになり、とたんに探偵意識に目覚める比留子。葉村をつれて、最寄りの駅から、バスで何十分という僻地、好見地区に向かいます。ところが、狭隘な渓谷沿いをいくうちに、増える旅の仲間たち。結局、9人ものグループで、魔眼の匣に押しかけることになったのでした。みな、なぜ怪しげな古い研究所に行こうとしているのか、伝奇雑誌「アトランティス」記者の臼井を除けば、皆目わかりません。

  その怪しい一行を出迎えたのは、現在の魔眼の匣の女主人、サキミと名乗る老婦人。猛禽類を思わせる鋭利な容姿。そして、強力な予言者という話です。彼女は、突然の客を受け入れはしたものの、「2日以内に男二人と女二人が死ぬ」という不吉な予言を下します。一方、サキミに長年仕えてきた中年女性、神服は招かぬ客たちに対して、露骨な塩対応。彼女と、以前好見に住んでいた「赤い女」朱鷺野秋子は険悪な雰囲気。社会学の教授、師々田もなぜわざわざ、小学生の息子を連れてきたのか、イミフな感じ。カップルではないという女子高生、十色真理絵とその子分ぽい茎沢忍はなぜペアを組んでこんな僻地にやってきたのか。イケメン青年サラリーマン、王寺貴士にいたっては、存在そのものが場違いです。

 不審になる一方の葉村をよそに、早くも天災による犠牲者が出ます。立て続けに、食事に毒をもられるという変事が。

 ひとり、またひとりと死んでいく男と女。そのうちに「予言された死者の数は決まっているのだから、もうひとり、男が死ねば、或いは女が死ねば自分は生き延びることができるはず」という嫌な空気が蔓延し、だれもが疑心暗鬼になっていくのでした・・・・・・

 

 

  一年以上待った今村昌弘さんの鮎川哲也賞受賞後第1作。

  なにしろ、デビュー作がいきなり、ミステリーランキング三冠に輝く、華やかな実績。当然、期待は高まります。

 

 と言いつつ「サバ照り焼き」パートを読みかけたまま、積読にしていた私。

 ようやく腰を据えて読みました。

 読み始めると、あとは早かったです。いささかラノベっぽい文体は気になりましたが(ラノベは嫌いではないし、むしろ、読書ジャンルがこのところラノベに偏りがちなのですが、いわゆるライト文芸といわれるジャンルは敬遠気味です)妙に気取った難解さや、西尾維新さん系統の”これって必要?言葉遊び”なウザさが皆無な、平易な文章は、たいへん読者に親切です。こうした「平易なのに単調ではない文章」を書くのが、どれほどテクニックを要するか、想像を超えるものがあります。

 

  ただ、ミステリーとしてみてみると、やはり「屍人荘の殺人」と共通する弱点が。つまり、「屍人荘」で、さんざん指摘された〇〇の問題です。

 

  その弱点を要点であるトリックがカバーしていますが・・・・・単純に好き嫌いの観点からのワガママな感想をいえば、このトリックは好きになれない、というのが本心です。一歩、まちがえると「なんでもあり」状態になりかねないので。

  実際に、成功例というべき作品を、思いつきません。最初から、これには手を染めないという作家さんも多いのでは、と思います。

 

  連年の鮎川哲也賞作家さんとして、どうしても比較してしまうのが、市川憂人さんですが、ストーリーテラーとしては、今村さんは市川さんに、かなり遅れをとっていると感じてしまう、というのが正直なところ。物語性が薄いので「誰が犯人でも、どうでもよい」という感じがしてしまう。特に、市川さんの作品の中でも、物語として秀逸な「ブルーローズは眠らない」の深い余韻に匹敵する「何か」を感じることができないのが残念です。

  そして「屍人荘」とくらべると「奇想」という点でも、物足りない感じ。

  まあ注目度抜群の新進作家さんの新刊ということで、半端なくハードルを高くして読んでしまうという事情もあるのですが。