真梨幸子さんの「ツキマトウー警視庁ストーカー対策室ゼロ係」(角川書店)

 

  ある日、東京、板橋区の所轄警察所に駆け込んで、「騙されて大金を騙し取られた上、金の支払いを断ったのちは、その相手から迷惑メールが送られ、小学生の娘を尾行されている」と訴えかけた40代の専業主婦、鈴木真琴。彼女は過去、地味に人気のあった小説家小田切昴の大ファンで、オタクな中二病少女でした。実は、結婚して娘を生んだ今でも、根がオタクな中二病であることは変わりません。そんな彼女がオタク仲間から聞いたのは、小田切が今でも健在で、過去の代表作のアニメ化の話が持ち上がっており、「善意の協力者」として手助けしてくれる昔のファンたちの懇親会が催されるとのこと。真琴はさっそく駆けつけ、小田切の小説のアニメ化に協力しようと決意します。しかし「協力」とは、結局のところ「資金供出」の意味。ありとあらゆる名目で、百万単位の金銭を吸い取られたところで、ことは真琴の夫にばれ、アニメ化の話自体が大うそであると判明します。目が覚めた真琴が貢ぐのをやめるや、始まった小田切の執拗な嫌がらせ。警察官は真琴に、それは完全なストーカー行為だと諭した上、適切な相談窓口を教えます。

  それが、警視庁ストーカー対策室ゼロ係。

  ストーカー行為で困る真琴のような被害者は増加の一途。各所轄警察署の負担が大きくなりすぎたため、中央の警視庁に専門部署が設置されたのでした。

  例えば次のようなケース。結婚したばかりの妻、ミユキとソリが全く合わず、夢見ていた「暖かい家庭」とは程遠い生活に疲弊してミユキと離婚した靖彦。ブログサイトで交流を始め、オフ会で正式に出会ったナオコと再婚します。結婚で職場までの通勤時間が長くなった上に、自腹の交通費も高額になったナオコは仕事をやめ、家庭に入ることに。それは靖彦の密かな希望でもありました。靖彦は工場勤めの契約社員で、彼の給料では贅沢できません。しかし、ナオコはやり繰り上手な上、家事にかけては万能の、完璧な主婦。愛妻と超絶美味の手料理の待つ夢のような家庭に向かう靖彦の帰宅の足は、軽くなる一方。予想外だったのは、ランキング上位常連の人気ブロガーであるナオコに、破格なアフィリエイト収入があること。しかし靖彦は「工場を辞めたい」という誘惑と闘いながら、中断していたライターの副業を再開。そして有名出版社から声がかかって、本を出してもらう運びに。しかし、その頃から、靖彦の身辺で不審事が続くようになります。しかも、ナオコへの嫌がらせのメール攻撃まで始まります。前妻ミユキの嫉妬によるストーキングと警察は判断、ストーカー対策がとられるのですが、警察の軽快にも関わらず、ことは殺人事件に発展。はたして殺されたのは誰? そして、狂気の犯人の正体は? 「case1 ミュール」より。

 

 

  連作短編集と思わせておいて実は・・・・・という、近ごろ流行りの?パターンで書かれたミステリー。

  やたら書きたがる、この「変則連作短編集」ですが、元祖的な記念すべき作品は何か、というと、たぶん1961年のヘンリ・セシルの名作「メルトン先生の犯罪学演習」(創元推理文庫)ではないかと思います。法学部の厳格・勤勉、笑ったところを見たことがないというメルトン教授の受け持つ法学講義。退屈なので、単位取得のために学生たちは、しぶしぶ履修しています。しかし、その日、教壇に立つや、メルトン教授が軽快に語りだしたのは「法の目をくぐる犯罪実行の方法」。抱腹絶倒の内容はウケまくり、登録していない学生たちまで聴きに来て、教室は超満員。しかし、いくつかのケースを語ったのち、メルトン教授が語るラストケースの内容とは?という、この手の連作集にはお約束の「騙しのテクニック」が効いていて、今読んでも十二分に楽しめるミステリーです。

  国内の元祖は若竹七海さんの「僕のミステリな日常」だと思うのですが、加納朋子さんの「ななつのこ」のほうがより古いかも、と思って調べたところ、たった1年ですが「僕のミステリな日常」の方が、より早く発行されています。当時は、新鮮で、読者サービス充実(ラストで全エピソードがつながり、ひっくり返るという騙し絵構造)のこのパターン、多くの作家さんによって書かれましたが、今世紀に入ったころには”おなかいっぱい”状態。それを痛感したのは、湊かなえさんの「贖罪」を読んだとき。「告白」ですでに、その感がありましたが、「やっちまった」な感が明白な「贖罪」は、「ひたすらイヤなエピソードがひっくり返ったら、しょせん単にイヤな小説でした」というお話です。「僕のミステリな日常」の凄さは「全く別個の物語が独立して語られる」「全体をバラして繋げると別の重厚な物語が浮かび上がる」という2点、そして個々のミステリ-の完成度の高さにも唸らされました。そのあたりは「メルトン先生」にも完全に共通するので、英国ミステリー大好きな方にはおススメです。

 

  真梨幸子さんも、「変格連作短編集」が大半を占める作家さんです。初期の「更年期少女」(「みんな邪魔」と改題の上、文庫になっていますが、元タイトルの方が秀逸だとおもいます)、「人生相談」「5人のジュンコ」あたりは、かなり工夫されており、しかもその効果も明瞭です。ジュンコさんは5人もいるのに、きちんとキャラが描き分けられています。昨今の真梨さんの作品を読むにつけても、「5人描きわけ」に成功しているというだけで”偉業”と言ってよいと思います。

  ただ、怪しくなるのが「鸚鵡楼の惨劇」あたりから。これは、「人間」ではなく、「建築とその跡地」が主役なので、まだしもです。これは実は、「人生相談」「5人のジュンコ」以前に書かれているので、真梨さんご自身、二つの作風のどちらで勝負し続けるか、試行錯誤なさっていたのでは、と推測します。

  以降、真梨さんの作品に顕著な特徴となるのが「複雑、というより乱雑なプロットの暴走」。デビュー作「孤虫症」を読んでみると、じつはデビュー作で「煩雑なプロット」という特徴は明らかに見てとれるのですが。

 

  3代の女系の女たちを描いた、一種の連作といえなくもない「祝言島」は、すでに「メモをとる」「家系図をつくる」の二つの作業が必須。「物語を把握、かつ謎解きを理解」したければ、の話ですが。「漠然と個々のエピソードを楽しみたい」なら、不要な作業です。1話につき1~2件の殺人事件、数度にわたる男女の別れ、数えるのも面倒な裏切りについての言及。一気読みなんて、どんな速読家でもできないと思います。

  全編をとおして振り返ってみると、いかに大量の男女が登場しているか、びっくり。にも関わらず、多くても6人くらいのキャラしか思い出せない。

  そう、近年の真梨さんは、男キャラ2パターン、女キャラ3パターン、加えて場合によっては子ども1パターンくらいしか可動状態になっていない状態で執筆なさっているのでは?との疑念が募ります。

 

 殺されたのは誰か、という点では「誰でもいいから、オチだけ教えて」と感じるのみ。誰と誰とかの相関関係が頭に入っていないので、Aさんを殺したのがBさんか、はたまたCさんか、「違い」がわかりません。

 二転三転どころか九転十転する展開を追いかけるだけの体力がありません。

 

  ただし、ミステリーとしては、理解できた部分に関しては面白いです。

 

  あと、ついつい「読む気」をそそられるのは、よく調べた上で書かれた「精神病理的うんちく」。たとえば、「ストーカー」に関しては、おそらく最古であると思われるのが「宗教的信者」であるとの定義。なるほどねーと納得してしまいます。

 その他、代理ミュンヒハウゼン病、フェティシズムなどなど、簡潔、かつ適度に難しい。専門的に臨床心理を学んだという人、中二病研究者さんなどから見れば「当然といえば当然」な説明に抑えてあります。そして「間違ったウンチク」が書かれていないところは、ポイントが高いです。

 

  ちなみに、物語の全体の「黒幕」は、けっこう意外性が高いひと。

  その点は、騙されないように、ではなく、十分おたのしみに。

 

  しかるに、この「ツキマトウ」に関しては、手ぶらOK、メモは不要、なのは「プロローグ」のみ。第1話「ミュール」では60ページほどの短さなのに「相関図」を書いていかないと・・・・・事件の全貌をほとんど理解できません。