朝比奈あすかさんの「人間タワー」(文藝春秋)

 

  とある町の平凡な学校、「桜丘小学校」・・・・・ただし、この学校には、ただひとつ「非凡な」もの、誇りのよすがとなるものがありました。運動会で、6年生たち全員参加で執り行われる、一糸乱れぬ「組み体操」の出来栄えです。特に、大技中の大技、仕上がりが10メートルを超す「人間タワー」は大スペクタクル。地元新聞が取り上げた上、全国放送のTV局で特番を組むという計画さえたてられたほど。ただし、世評は、危険な組み体操を批判する論調が優勢。桜丘小学校の児童の保護者からも「組み体操は廃止するべきだ」との意見がぼちぼち、挙げられるようになったうえ、「主役」である6年生たちの中にも、タワーの下段を支える子たちは 「上に乗る子たちが重くて、支えるのがしんどい」、最上段あたりの子たちは「タワーが高すぎて、上の方の段、特にてっぺんに立つ子にとっては、とても怖い」など、嫌がる子も目立つようになりました。実際、過去、最上段の子が土台の子たちの肩から足を踏み外し、それを引き金にタワーが下段まで倒壊して、少なからぬ児童が重軽傷を負うという「事故」が起こったことも。

  6年2組の担任で学年主任を兼務する30代の女性教師、沖田珠愛月(おきた じゅえる)は、運動会の組み体操の支持者。特に、人間タワーには誇りと愛着を持っています。しかし、彼女のクラスの子どもたちの中から、「人間タワー猛反対派」の生徒たちが何人か現れたのでした。真っ先に、反対の声をあげたのは、まさに文武両道の大人びた男子、青木くん。珠愛月先生を勇気づけるのは、勉強、運動双方で青木くんとトップを競い、加えて容姿にも恵まれたクラスの女王、近藤さんが一家をあげて、熱心な人間タワーの支持者であるという事実。そんな論争を、転校してきたばかりの、控え目、清楚系女子である吉田さんは複雑な気持ちで見守っているのですが・・・・・・

 

 

 一見、連作短編集かと思わせておいて、3話目以降は話が繋がっていますので、1話から順番に読み進めることを強くおススメします。

 

  テーマはあくまで「人間タワー」ですが、組み体操をめぐる人それぞれのドラマが、語られていきます。いつもの朝比奈あすかさん流のクセのないサラリとした文体ながら、内容は濃密で、時に熱いです。

  全体を通してのヒロインは珠愛月先生であり、主人公は6年1組の担任、子どもの目線に近いところで語り合いながら「教師という大人」であるという認識を崩すことがない、超超高学歴の爽やか青年教師、島倉先生。人間タワーに対して非常に熱心というわけではなく、一歩引いた醒めた立ち位置から、教師たち、子どもたち、保護者たちの論議を検討しているようです。間にたつ松本先生は、主婦先生で人が良く、女性読者の共感を起こさせるのでは、と思います。産休があけた直後に起きた「人間タワー論争」を、つい先日まで赤ちゃんを抱っこしていた「お母さん」の目で捉えてしまうのでしょうね。

 

  エピソードごとに語り手がチェンジしていく書き方をされているので、「さっき語られた問題は、こちらから見ると、そういうことだったのか」という驚きを喚起させられたり、また、納得がいったりします。

  1話目のヒロイン、雪子のエピソードは「人間タワーで事故を起こした6年生だった」ということ以外は、独立した物語で、濃度の濃い内容は1編の中編小説を書けるほどの人間ドラマになっています。

 

  珠愛月先生のキラキラネームにも、それなりの根拠があり、まさに、その両親にして珠愛月先生という教師が生まれたのだな、と。

  ひとつ、青木くんのキャラだけが、読み終えても釈然とせず、多少消化不良気味。

 

  しかし、近ごろ、ヒリヒリ、ドロドロ、ザワザワ、モヨモヨだらけの作品を読み続けたので、久しぶりに良質の人間ドラマを読めた、という感じ。あとあじの気分が、きわめて良好です。

  肯定的に書こうとしつつ、朝比奈あすかさんの「組み体操???」な心情のようなものが感じられるところも、むしろ好感度を高めていると思います。全編あげて「組み体操万歳!!」な作風で書かれていたら・・・・・そうとうにシラける作品になったのではないでしょうか。