阿川せんりさんの「ウチらは悪くないのです。」(新潮社)

 

  物語の構想を練るふたりの女子大生たち。美女:朝倉と醜女:上田をめぐって、どんな物語が考えられるか、次々にプロット案をあげていきます。結局、ふたりが採用したのは「腹黒な美女の朝倉と、醜い上田が、同じ男を好きになる。いつものように男に媚びを売る朝倉。しかし、”上田の心の美しさ”を見抜いた男は、手ひどく朝倉をふり、女として上田を選ぶ」という物語。ふたりとも「リア充な物語だ」と思いこもうとするものの、確信できません。ふたりの女子大生は、リアル「あさくら」と、リアル「うえだ」。あさくらは、うえだを「うえぴ」と呼びます。ふたりは高校時代からの大の仲良し。

  ふたりで考えた物語のように、あさくらは美人ですが、腹黒ではありません。むしろ、スクールカースト下位、どん底に生息するオタク女子なのでした。同じカーストの、同じオタク女子、うえぴだけが、あさくらが腹を割って話すことができる友だち。スタバで季節のフラペチーノを味わいながら、はっちゃける二人だけのおしゃべり。それがあれば、満足なふたり。

  大学に進学しても、オタク生活は相変わらず、まったりと続くスタバ暮らし。わくわくも、ときめきも、すべて二次元世界の中での存在。リア充などというものとは、ひたすらかけ離れた青春。

  ところが、成人式をむかえたのち、さわみーというオシャレ女子大生が、あさくらに目を付け、自分が住んでいる「現実世界」「リア充生活」に引っ張りこもうと、何かにつけて声をかけてくるようになります。あげく、あさくらに男子学生、にさか君との恋愛を仕掛ける始末。いつのまにか、にさか君を意識しはじめるあさくら。しかし、あさくらは実は「彼氏いない歴=年齢」だったのでした・・・・・・

 

 

 

  序盤の序盤、「腹黒な朝倉と心美しい上田の物語」は、もう本当に、しょーもないのですが、問題はそのあと。三人称しかも「神の視点」で語っていくという、S級の難ワザ。この語り手の「神様」、語り口が「ですます調」です。

 

  脱力します。

  つまらないわけではないが、おもしろくもない。

  嫌いではないが、好きでもない。

  「つまらない」とか「嫌い」とか、ネガティブではあっても、その分パワフルな感情が湧いてくる気配、ゼロです。

 

  リア充でないことや、カーストの低さなんて関心ないと、きゃぴきゃぴ言っているのに、その実あ、さくらも、うえぴも、なんども「リア充」「スクールカースト」の2語を何度も何度も何度も口にする。

  もろ関心ありじゃないですか。

 

 だいたい、絶世の美少女が、カースト下位にいる、という状態を周囲がほうっておくかどうか。美人は、それだけで目立つ。そして「オタク」であることも、美人ならばマイナスとは受け止められない、「意外な一面が親しみやすい」というプラス効果を生む。これは厳然たる原則。

 

  実際、オタク美女は珍しくない存在です。このころは、「美人を見たら、オタクを疑え」が座右の銘になりつつあります。

  私の会社にも、井上和香さんな「ガンプラオタク」、堀北真希さんな「聖闘士星矢オタク特にアイオリア命」、夏目雅子さんな「ワンドオブフォーチュンオタク」、深田恭子さんな「乗りテツ」、30代に若返った八千草薫さんな「南斗水鳥拳レイオタク」さんたちがいらっしゃいます(男子のみなさん、うらやましいでしょう?)。ただ、学校時代に底辺でクスぶっていたという方は、いらっしゃらないです。ちなみに、乗りテツさん、ガンプラオタクさんは、すでに「その道」に500万円以上、使っているとおもいます。ガンプラオタクさんは、シャアのファンでもあるので、滝の水のように、お金が出ていくと思います。レイはともかく、なぜアイオリアなのか、謎ではあります。双子座のサガ、乙女座のシャカ、キグナス氷河とか女性受けのするキャラは他にもいるのに。「北斗の拳」といったら、レイは圧倒的に女性受けするので納得です。

 

  作品の話にもどりますが。

 あさくらの口調、語尾は「ですわ、ますわ」。いまどき、どれだけ非リア充な女の子だって、こんな話し言葉なんて使いません。女の子とは「ゼロ歳から100歳超えの女性すべて」のこと。「するわ、だわ、のよ、のね」ですら、もはや使う女の子はいない・・・・・と言って過言ではないと思います。「だよ、よ、ね」の世界です。

 

  あさくらの行動パターン。

 

 ”「朝倉さんて、漫画とか読むの?」

 「は、はヒィ?」

  再びの奇声を発してしまうあさくらさん。”

 

  いつも「は、はヒィ?」とか言ってるのか。ラノベのヒロインでさえ、こんなリアクションはしない、と思います。

 

  あさくらと、うえぴが、「リア充」という罠にかかってしまうのか。それとも「オタク道」をつらぬけるのか、それが、それだけがテーマのようで、テーマをめぐって、あさくらと、うえぴのハイテンションかつ”虚”のおしゃべりが続く」。ただ、それだけの内容。

 あさくらと、にさか君はどうなるのか・・・・・って、どうでもいいです、そんなこと。勝手にやってほしい。

 

  ただ、「合う!」というひとにとっては、めちゃくちゃハマり、「バイブル」になるかもしれない作品ではあります。

 

  ただ私は、1980年代少女マンガ風に「作り損なった」、ひたすら疲れるだけのラブコメモドキは、二度と読みたくないというのが、正直な気持ちです。