逆又練物さんの「悪魔のような公爵一家」(TOブックス)

 

  どこかの異世界にその世界で一番大きい大陸ヴラニスカがありました。

  そして、ヴラニスカで一番大きい国、アゾリアス王国がありました。

  アゾリアス王国では脳筋・武力男が尊敬されるので、国王も脳筋でした。

  宮廷にはほとんど脳筋しかいないので政務が回りません。

  そんな中、財政を受け持っているのが、グリード・ラクトス公爵。

  公爵とその妻、息子、娘たちは、いかにも邪悪な空気をまとった一家。

  その上、大蜘蛛や赤眼の蛇をペットにしているため、王族や貧民にいたるまで公爵一家を忌み嫌っています。

  ところが、それは外見が大いなる誤解を招いたという悲喜劇。

  公爵一家は、シャイで心優しい、しかも謙虚な働きものの家族だったのでした。    おしまい。

 

 

  そう、これでおしまいです。ペーパーバック1冊ぶん、書かれているのは、これだけの内容。

  文章もこんな感じで、少なくとも「小説」の文章ではありません。

  「吾輩は・・・・・・なのである。

  それで・・・・・なったのである」

  と、公爵視点一人称の場合には、延々とつづく「である体」。もはや、韻を踏んでいるかのようで、下手な小説ではなく、へたな詩を読まされている気分になります。

  はっきりいって「リアル鬼ごっこ」当時の山田悠介さんのほうが、「読者には”小説”を読んでもらいたい」という気構えが見えるだけ、どんなに奇文、珍文であっても、読むに値します。

 

  「小説家になろう」発信のラノベ。このレベルの作品まで書籍化されはじめたということは、「なろう」系のめぼしい作品は、おおむね掘りつくされたということなのでしょう。

  外見と中身のギャップで笑いをとるという小技は、はるか昔、神坂一さんが「スレイヤーズ」でやっちゃっています。セイルーンのフィル王子がその設定ですし、サーペントのナーガにも、かなりそれに近いものがあります。

  神坂一さんの場合、それで笑いをとれたのは、一見何も考えずに書きなぐられたような、しかし、実はよくよく考え抜かれた文脈と、ハードSFなんてサラリと書けてしまう(人工知能に関するアンソロジーで文才の高さを証明済)表現力の賜物。「笑えるギャグ、しかも思い出し笑いしちゃう高レベルのギャグ」はその上で執筆したものに推敲を重ね、「笑い」に不要な不純物を削り落とした結果なのですね。

 

 比較すると本作は、読者にむけて「おまえら、ここ、笑うところだから笑えよ」と押し付けるような、幼稚な「笑い」が続くだけ。

 

 甲冑乙女設定の公爵令嬢エルザも、高橋留美子さんの「うる星やつら」の水乃小路家令嬢、飛鳥の甲冑乙女設定のパクリといわれたら、反論できるかどうか。あれも、「絵」としてみればこそのオカシサ、それも飛鳥の「顔出し」が登場後かなりたっているからこそのインパクトです(あ、「うる星やつら」未読のみなさま、すみません。ただ「それほどネタバレではない」のでご容赦ください)。、エルザの設定は根拠もなくイタいキャラとしか言いようがありません。

 

  その他、既存ラノベのパクリ表現多々なんですが、パクった側の哀しさ、自分でいろいろ調べたうえで書いているとは思えない証拠に、先行作品の「カン違いヨーロッパ中世」部分も、カン違いしたままパクっちゃっています。

  貴族用「個室」トイレが整備されるのは19世紀末期。それまでは「野グソ」と「おまる」の時代です。エルザが装着しているような、重装フルプレートメイルは、背景モデルとなったであろう時代には、すでに過去の遺物。大砲の弾とともに去りぬ、それが現実。貴族令嬢が”通学”できるような学校なんて実現されていない。教育を受けるためには、修道院で養育されるか、もしくは家庭教師に頼るか。「小公女セーラ」は?というと、セーラ・クルーは”平民のお金持ち”のお嬢さんにすぎないんです。

  そして、ドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」もその原作からして、間違っているのですが、「ラクトス家のラクトス公爵」のように家名が爵位にくっついてくるのは、イタリアのメディチけのような成り上がり商人貴族の場合くらい。「血統の上でも貴族」という場合は、爵位の前には通常「所領する封土の地名」がくっついてきます。アンジュー伯、オルレアン公、ブルゴーニュ公といった具合ですね。

  とどめが、貴族の女性は結婚しても「姓」は変わりません。たとえば、ルネサンス至高の美女ルクテツィア・ボルジアは短い生涯で3度結婚しましたが、ずっと「ボルジア」を名乗ったまま。またブルボン家のルイ16世と結婚したマリー・アントワネットも「マリー・アントワネット・ド・ブルボン」を名乗ったことはなく、生涯をとおして、「マリー・アントワネット・ジョゼファ・ジャンヌ・ド・ロレーヌ・オートリッシュ」です。「オートリッシュ」は、長年ハプスブルク家に継承された名称で、「オーストリアの」というくらいの意味。「ロレーヌ」はアントワネットのパパがロレーヌ(ドイツ語ではロートリンゲン)のお殿様であることを示しています。

 

  ほかにも、中世から現代初頭にいたるまで、ヨーロッパ貴族社会をモデルにした異世界をラノベやファンタジーの舞台にするのは、探知機を持たずに地雷原を歩くようなものなのです。

 このあたりは、古代中国も似たようなもので、さすがに小野不由美さんの「十二国記」は、そのあたりを緻密に考証したうえで十二国各国を設定しています。

 

 以上、ほとんど、ほめるべきところが見つからないのですが、強いていえば・・・・・・コマ切れエピソードの羅列にすぎず、相関図がわからなくても読めちゃうため、どこから読み始め、どこでやめても、さしたる問題ではない、ということ、でしょうか。

 

  作者さんはプロの青年マンガ家さんと名乗っていらっしゃいますが、どんなペンネームで、どんな作品を描いていらっしゃるのか、しりたいところ。わたしが読んだ中で、いろいろとまあ、とにかくスゴかった青年マンガが、巻来攻士さんの「ミキストリ」で、これを超える「爆作」が描かれる可能性は、かぎりなくゼロに近いと思うのですが(どれほど、スゴいかというと、吸血鬼設定されている実在の悪女エリザベト・バートリ。彼女の墓に植えられた何かの樹に実がなり、その実を食べたカラスが吸血鳥になって、大西洋をわたって北アメリカへ。この吸血カラスの羽が抜けて地上に落下、落下地点をたまたま歩いていた素朴な農夫さんが、カラスの羽を拾い、そのせいで吸血鬼になってしまうという、天衣無縫きわまるストーリー展開です)、もし超えることができたら、マンガ史に残ると思います。

 

 ちなみに「ヴラニスカ」という大陸名はおぼえなくても問題なし。

 なぜ?

 二度と出て来ないからです。

 

  このあと、タニス・リーの初期短編ダークファンタジー、邪悪にして優美なる王族の遺宝にまつわる「アヴィリスの妖杯」を読んだりすると・・・・・・それは、もう、そうとうに怖いだろうな、と。とくに、亡王の美しい姫、怖い。