北里紗月さんの「さようなら、お母さん」(講談社)

 

  ヒロイン、笹岡玲央は新進女性画家として、実家を離れてくらす20代前半の美人。同棲中の恋人、龍之介はどのアルバイトも長続きしない「だめんず」の典型。ある晩、龍之介と大ゲンカ中にかかってきたのは、義姉、真奈美からの緊急の電話。海沿いの総合病院に入院している真奈美の夫で、玲央の兄である純が、嵐の中、8階の病室の窓から飛び降りたとの知らせでした。純は30代になったばかり。手脚が腫れ上がり、弾けた四肢の皮膚から滴る体液の悪臭にまみれて、モルヒネでさえ効かない全身の激痛に襲われるという奇病を発症し、入院していたのでした。未知の病気に、病院側ができるのは、栄養補給と排泄の処理のみ。真奈美は実母、睦美にふたりの子どもたちを預けて、病院に泊まり込み、純の看護に尽くしていたのですが、彼女や医師、看護師たちが目を離した僅か数十秒間の隙に、純は投身自殺してしまったのです。

  純、玲央兄妹の母、克恵が憔悴しきった姿を見せた告別式で、あまりにも落ち着いたようすを保つ美しい真奈美に対して、純の闘病中に感じた違和感が、玲央の心に甦ります。誰もが、看護師や医師すらみたこともない恐ろしい奇病に真奈美は、恐れるようすもなく、冷静に純を看護していました。まるで、この奇病について熟知しているかのように。

  純の死後、真奈美に対して恐怖しているかのような、年若い担当看護師、祥子。彼女が玲央に語ったのは、真奈美が病院職員たちに隠れて、純に対して儀式めいた「何か」を行っていたということ。

  玲央は純の怪死に関して意見を求めるために、少女時代からの親友で、今では天才的&変人生物学者として知られる利根川由紀を訪ねます。由紀は、純の病気が、中世ヨーロッパ、特にフランスで発生した奇病”聖アンソニーの炎”に酷似していると指摘。4万人を超える患者が死んでいく中、両手を失いながらも生還した聖アンソニー。その聖地に巡礼すると、それだけで”病気が治癒する奇跡”が実在したことが伝わり、やがて”幻の悪疫”として消滅した奇病。そんな忘れられた病気について、真奈美が予備知識を持っていたのはなぜか。玲央と由紀は、真奈美について深く知るために、彼女の親友、綾子や、実母、睦美を訪問するのですが、得られたのは 「母の愛に恵まれて育ち、学友たちと深い友情で結ばれた慈愛の具現」としての真奈美の人物像。とりわけ睦美と真奈美の深い母娘関係を、玲央はうらやましく感じます。実は、玲央は幼児期に母の克恵から溺愛されたのに、小学校受験の失敗を契機に、その克恵から掌をかえすように疎まれ、ネグレクトされたという歪んだ成長期を送ったのでした。

  周囲の愛に包まれて育った真奈美。しかし、彼女の身近には原因不明の大病を患ったり、と不幸に襲われる人間たちの姿が。現に不審死している真奈美の実父。そして、純と真奈美の間に生まれた幼い奈々子と裕一姉弟も健康体とは言えません。はたして、純の死後、奈々美が原因不明の発熱で入院。彼女が少し回復すると、今度は裕一を謎の病が襲います。繰り返す嘔吐、そして、突然の意識混濁。

  明らかに自在に”病魔”を操る”悪魔”がいる。真実に肉薄する玲央は、自身がどれほど危険に迫っているのか認識出来ず、そして悪魔は毒の牙を剥くのでした・・・・・・

 

 

   第9回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞の ”優秀作”受賞作品。

   ちなみに同期の新人賞受賞作は須田狗一さんの「神の手廻しオルガン」(光文社)です。こちらの作品は、強いて分類するなら 「社会派ミステリー」というジャンルに入るようですが、それ以上に、格調高いミステリー”文学”として高く評価されている作品。いかに高村薫さんが「自分の小説はミステリーなどという通俗小説ではない。文学作品として読まれるべきだ。まして〇辻〇人なる通俗作家の〇シリーズと同レベルの低意識で評価されたくない」と主張なさっても(こんな暴言を吐いちゃってもノープロブレムな純文学至上主義時代があったようです)、この「神の手廻しオルガン」に比べると「マークスの山」あたり「文学的香気、超薄っ!」である事実は、いかんともしがたい事実です。高村先生、貴女の小説が高評価でなかったのは、「文学だったから」ではなく、「日本語として、こなれていない文章が読みにくいから」「推敲まえのフォーサイスを読まされているみたいだっだから」だと思うんですけど。

   「文学性の高さ」が陥りやすい、ひとつの帰結として、「手廻しオルガン」はエンタメ性という点では、「さようなら、お母さん」に比べて数段おとるという現実。そして、その作者の須田狗一さんも、受賞後第1作となると・・・・・・タイトルの「徳川慶喜公への斬奸状」、これからして 「なになに?”斬妖状”ってなに?」というツッコミ感、いえ”期待感っぽい何か”をそそるのですが、”ラスト”まで読むと・・・・・・よくもまあ、こんな世界を作りあげちゃったなあ、と。よしながふみさんの大河マンガ「大奥」路線まっしぐら、のエンタメ、またエンタメ、エンタメ尽くしの歴史ミステリーで、とくに「徳川慶喜の変キャラ萌え」な人にとっては「座右の書」となると断言できると思います。・・・・・・しかし、徳川慶喜って本当に・・・・・・・しょーもない人ですね。楽しくて、面白いけど、妙に疲れる作品です。

 

  北里紗月さん、実はバリバリ、理系、それも生理学系、病理学系の書き手さん。2作目以降、医療ミステリー的な作品を書き続けていらっしゃいます。

  「さようなら、お母さん」においても、病理学系のウンチクが適度に豊富。豊富すぎず、詳しすぎず、難解すぎず、とウンチクミステリーのお手本のようです。しかも、「わかる」までは、ホラーっぽい要素もあり、ついつい「お勉強パート」を興味深く読んでしまう。”聖アンソニー”部分など、その”実現したことが実証されている奇跡”をも含めて、なかなかに背筋がゾワつくのですが。そういう点では、吉田恭教さんの一見ジャパニーズ・オカルティックなミステリー「変若水(おちみず)」に近いともいえます。

 

  真相は、というとコレを扱ったミステリーとしては、まだ4例目(1例目は、確か1940年代イギリス女性作家さんのミステリー、クリスチアナ・ブランドっぽかったような、そんな感じ。2例目は刑事ドラマ「太陽にほえろ」だった、ような感じがするような、しないような、とにかく連ドラ系。3例目は、これは記憶に新しい知念実希人さんの、あの看板シリーズ、これは確実)なのですが、テーマだけをとってみれば、すでにして既視感いっぱいです。ホームズでも、まさにこの逆パターンともいうべき短編があります。常識的、倫理的、人情的には”あり得ない”人物が”凶悪な所業”を繰り返している事実が証明され、なぜ、そんな”凶行”がおこらなければならなかったか、という単なるホワイダニットを超えた作品で、よくできた名作なのですが・・・・・・児童向け叢書の書影がトラウマ恐怖な1冊でした。カーテンからのぞく、こわ~い、こわ~い、アレ。小学校時代、はじめて図書館に踏み込んだ私を、徹底的「本を読まない子ども」にしてしまった因縁の1冊です。

https://hama-sush-jp.pro/eseseve10/entry-12386318103.html

 

  ただ、既視感いっぱいになるはずが・・・・・そうならない。

  見せ方が上手としかいえないですね。物語のなかから「本当の伏線」を拾うのは、ジルコニアの中からダイアモンドのみを掬いとるのに等しい難行。散らばったダミーの伏線が、じつに巧妙な目くらましとして機能しています。人間の目は簡単に騙されますが、人間の頭はもっと簡単に騙されるのです。

  そして、いわば「WHY」というべき、この謎をクリアしても、さらに立ちはだかる「WHO」の壁。なんで、そんなことが起こっているのか解って、改めてゾゾゾとくる「じゃあ、いったい、誰がそんなこと、やってるの?」という謎。もう真実なんてどうでもいいから、これ以上、暴かないで、と絶叫する人もいるのではないかと。

 

 気にかかる欠点、といえば、これは選考委員、島田荘司大先生をふくめ、ほとんどの人が指摘せずにはいられなかった一点。探偵役の由紀ちゃん。実をいえば、みなさんが指摘するほど「ありがちなキャラ」ではないんです。なぜなら、具体的な類似例を挙げろ、と要求されても、具体的な固有名詞は、なかなか思いつけない。強いて挙げるなら、今世紀の「このひと」と前世紀の「あのひと」くらいしか思い浮かびません。しかるに。「このひと」の存在が、あまりにもメジャー。そう、知念実希人さんの妄想の産物、”天久鷹央ちゃん”、彼女です。ただ、一部の作家さんたちが指摘するように、鷹央ちゃんよりも、故・泡坂妻夫さんんの奇想の産物、「乱れからくり」のヒロインにして探偵役である”宇内舞子さま”のほうが、より、由紀ちゃんに近い印象もあるのですが。

 

 そして、くれぐれも気をつけていただきたいのが、「どんなタイミングで」本作を読むかという点。

 私は、不幸にして、辻村深月さんの「盲目的な恋と友情」を読んだ直後に本作を読んだため、「おもしろいけど、キャラ設定、薄っ! 浅っ!」感を否定しがたかったです。柚木麻子さん、櫛木理宇さん、原田ひ香さん、あたりの次に読むのもオススメしません。角田光代さん、姫野カオルコさんなどの次に読むなんて、タブーもいいところ。ラノベ界も実は危険。「ヴィクトリアン・ローズテイラー」で読者を泥沼に沈め続けてきた青木佑子さん、ラノベを超えて10年以上、ラノベ界にとどまり続けて「人間を書けないと、面白いデスゲーム小説は書けない」という真理を証明し続ける土橋真二郎さん。ヤバイです。

  逆に、読んで比較して、本作の満足度が高まるであろうとおもうのは、明野照葉さん、三浦しをんさん、梨木果歩さん、荻原規子さん、湊かなえさん、宮部みゆきさん、西加奈子さん、綿矢りささん、桂望実さん、池井戸潤さん、海堂尊さん、誉田哲也さん、石田衣良さんといった路線。栗本薫さん、永井するみさん、新津きよみさんなんて、超絶安全圏(”安全”認定した作家さんたちのファンの皆様、ごめんなさい。でも、たとえば宮部みゆきさん、”現象”や”背景””環境”に関しては深く深く、冗漫なほど深く書き込まれていますが人間観察という点では秀逸とはいえないか、と。、「模倣犯」のピースと、櫛木理宇さんの「チェイン・ドッグ」つまり「死刑に至る病」の榛村大和、そして、狂言回しに思える筧井雅也を比較してみてください。ピースがテンプレ・サイコパスの”スタンプ”であることは明白だと思います。池井戸さん、石田さんにいたっては、女性キャラは数パターンの使いまわし。すがすがしいほど)。

 

  お気づきの方もいらっしゃると思いますが、ちかごろ順に読んでいるのが、メフィスト賞、鮎川哲也賞、福ミスの過去受賞作群。

  た・ご・さ・く・さん!! 福ミス、少しも見劣りしないどころか、大健闘じゃないですか。

  本格からは、どんどん遠ざかっている感は否めませんが。 「おとなのミステリー」感では、メフィスト賞をぬいたんじゃないかとおもいます。たごさくさん、今後も審査員、がんばってください。

  次は「玻璃の家」「合邦の密室」「アムステルダムの詭計」「檻の中の少女」「ベンヤミン院長の古文書」あたりを読もうかな、などなど予定しております。

 

  年に数回は楽しめるはずの、メフィスト賞。

  改名して、「講談社文庫タイガ新人賞」として、スタートを切りなおすことを、本気で提案したい今日このごろ。

  ただ「日曜日の沈黙」「愛の徴 天国の方角」「ダブエストン街道」は読む予定です。

 

  鮎川哲也賞は隔年で「秀」「凡」の繰り返し状態にならないか、心配中。

  未読作品で、読みたいのは「名探偵の証明」「写本室の迷宮」「建築屍材」。

 

  ホラー大賞が終了しましたが・・・・・・舐めて読んだ「黒いピラミッド」。まさか、悪夢に出てくるとは・・・・・・