若竹七海さんの「みんなのふこう」(ポプラ文庫ピュアフル)

 

 場所は神奈川県、葉崎市。三浦にほど近いけど、けっこう遠いリゾート地。高級住宅地にはヴィラ・マグノリアなる瑕疵物件お屋敷が建ち、商店街では瑕疵店舗の古書店アゼリアが店番のバイトを募集中、山腹の瑕疵学校、葉崎山高校では不可解怪事件などものともせずに高校生たちが「通学」という名の「登山」に励む日々、瑕疵観光地、猫島の女流画家の瑕疵アトリエにエサをもらいに来る大量の猫たちの過半数は化け猫だろうと思われる、エラリー・クイーンのライツヴィルに匹敵する”呪われた”、しかし、三歩歩けば笑える「バカミス」の聖地。

  街を支配する呪われた一族、前田家の口利きで首がつながった葉崎FMの花形アナウンサー、町井瞳子の人気番組、ライトハウス・キーパー。中でも人気を集めるのは、天気予報のあとで放映される投稿コーナー、「みんなの不幸」。いわゆる「不幸自慢」の広場で、視聴してみると、まさに「他人の不幸は蜜の味」。中でも、ファンの興味を引き付けているのが、市内在住の女子高生「ぺんぺん草さん」の投稿メール。けっこうアブナイ内容なので、ラジオ局が目を通したうえで「ディレクターズカット版」が放送されています。

  ぺんぺん草さんのメールの内容は、お弁当屋さんのバイト仲間、17歳の少女ココロちゃんに降りかかる不幸、不幸、不幸の嵐。そのかなりの部分は、先天性不器用という呪いを受けた上、要領も悪ければ、頭も悪いココロちゃん自身が招き寄せた不幸なのですが。

  女子高生のお小遣いくらいしか稼げない弁当屋のバイトが、ココロちゃんの生業。生活できるのが不思議です。少し前まではココロちゃんは、おかあさんの口利きで横須賀のスナックで働いていたのですが、なぜか警察が職場に押しかけ、気がつけばココロちゃんは横須賀署の留置場の中。まったく臭くない、お肉たっぷり、お野菜たっぷりのケーサツ飯を食べながら、あまりの美味しさに涙していたのでした。「黄色く変色していない文字どおりの”白飯”」を食べるなんて、ココロちゃんには久しぶり。

  お弁当屋さんで働くようになってから、ココロちゃんがただで住まわせてもらっているのは、ココロちゃん言うところでは「親切なお婆さんが住まわせてくれた物置」。実態は大地主のお婆さんのお屋敷、人呼んで「シンデレラ城」の裏庭に建つ広くてエアコンなしの倉庫。無料で住む条件はただひとつ、暗い倉庫内で特殊なライトに照らされて栽培されているハーブに水やりをすること。ぺんぺん草さんが店の帰りに、ココロちゃんから誘われて遊びに行くと、確かに暗い倉庫内には「見たこともないハーブ」が50鉢ばかり、すくすく育っているようす。ところが、その「ハーブ」の正体は・・・・・見たこともないのも当然。しかし「不法栽培」していたのは確か。ココロちゃんは家主の息子とともに、葉崎警察署の留置場行き。たかが”ハーブ”の怖ろしさ、ですね。救いは「横須賀署ご飯よりも、さらに美味しい葉崎署ご飯」。朝食には炊き立てご飯に、獲れたてシラスのフワフワ釜揚げがついてくる。まさに地産地消。

  やがて晴れて無実になったココロちゃん。次の棲み家は、お弁当屋さんのパートのリーダー的おばさんに世話してもらった、「葉崎湘南荘」なる倒壊寸前のボロアパート。ココロちゃんの部屋は、半地下で窓がないという、思わず深読みしたくなるような環境。まあ、独立キッチンだとの話に、いくらか心軽くなったぺんぺん草さんが引っ越し祝いに100均のマグカップを届けにいくと、幸せそうにキッチンにたたずむココロちゃん。いやぁな違和感に襲われるぺんぺん草さん。違和感の原因に気づきます。確かにキッチン。しかし、流しがあるのに、ガスコンロがありません。その代わりに鎮座するのは、なんと七輪。かたわらにテンコ盛りの”ブツ”。それは超危険燃料、”練炭”なのでした。この部屋は実は、瑕疵物件。先住住人がふたりも死んでいます。死因は、そろいもそろって、一酸化炭素中毒。

  考え込んでしまうぺんぺん草さん。

  しかし!

  じつは考え込んでいる余裕などありません。ココロちゃんには、さらなる不幸が迫っていたのでした・・・・・・

  そして、ココロちゃんの不幸の裏にちらつく 「何か」。

 ぺんぺん草さんは、それを探ろうとし始めたようなのですが・・・・・・ある秋の日を最後に、ぺんぺん草さんからの葉崎FM宛てのメールは、途絶えてしまいます。

  アナウンサーの瞳子、そして番組のリスナーたちは、ココロちゃんとぺんぺん草さんという少女たちに何が起きたのか、ひたすら情報を集め、番組内で推理をめぐらしていくのですが・・・・・・・

 

 

 

  若竹七海さんのシリーズ作品のひとつが、「葉崎市もの」。

  葉崎市は神奈川県、三浦半島に立地する架空の街という設定。相模湾に面し、夏は比較的涼しく、冬は暖かい、風光明媚なリゾート地、保養地。そのような特徴と、三浦市、横須賀市、鎌倉市に近いという位置から、逗子市を思わせるところがあります。ヴィラ・マグノリアの建つ高級住宅地は逗子市の北西部の丘陵に開発された披露山庭園住宅地を思わせますし、葉崎商店街は逗子駅前に広がる商業地域っぽい。昔、短期間、逗子の新宿という住宅地、故・石原裕次郎さんご実家(成金要素皆無の大正時代風の平屋洋風邸宅だったと記憶しています)のご近所に住んだことがあるのですが、リゾート向けの街に半年も住むと、頭の中は完全に”春状態”になり、日に日に思考力が劣化していきます。とにかく、思い悩んだり、考えたりすることが、ひたすら面倒くさい。晩御飯のおかずを考え付かなければ、スーパー相鉄マーケットでピチピチの近海白身魚の「うそ!」というくらい安価なお刺身のパックを買い、帰り際に農協直売所で手造り高菜漬けをゲットすれば、こと足ります。びっくりするのが、商店街のお魚屋さんの店先に並べられた発泡スチロールの箱の中を泳ぎ回る石鯛や黒鯛、イサキあたりの魚が活きたまま売られていた、ということ。それでも満足できない奥様方は披露山下の小坪漁港まで、もっと多種多様な鮮魚(生きている)を買い出しに行きます。

 

 さて「葉崎市もの」というと、シリーズの最初の「ヴィラ・マグノリアの殺人」がそうだったように、「コージーミステリー」一色との印象が強いですが、実はコージーだけではありません。

  ビターすぎる青春ミステリー「クールキャンデー」も、「葉崎市もの」のひとつ。単なる青春ミステリーというよりも、女子中学生を孤独なオプ(調査員)役に据えたハードボイルドという感じの作品。驚愕のフィニッシュストローク、と評すると「あのジャンル」を想起するかたが多いと思いますが、仕掛けはそこにはありません。でも、十中八九、驚く。驚かせ方を分析すると、赤川次郎さんの「マリオネットの罠」の系譜を継ぐ、数少ないミステリーだと思います。このジャンルのように「本格推理ではない場合もあるが、正統派のミステリー」という作品の書き手は、ほんとうに少ない、と思います。

 

 そして、もうひとつ、コージーミステリーではないのが、本作「みんなのふこう」。

 葉崎FMの花というべき町井瞳子。「古書店アゼリアの死体」で「こともあろうに、ハッピーな結末になったキャラ」のひとり、「〇〇さまの恩賜に恵まれたひと」だと思うのですが、まるっきりカン違いかもしれません。

 瞳子さんの軽妙洒脱な語り口はリスナーだけではなく、読み手をも引き込みます。そして、気がつけば、ぺんぺん草さんの登場。ココロちゃんの「不幸物語」が語られ始めています。

 「ごめんなさい」と懸命に謝りながら、チワワのような瞳からは涙があふれ、「なぜか走って、なぜか転ぶ」ココロちゃん。「謝る」「泣く」「走る」の中の「ひとつの行動」にのみ集中すれば、「転ぶ」という不幸は避けられたんじゃないか、と考える方も多いと思いますが・・・・・・甘い。集中して走る、それでも転んじゃうのがココロちゃんという女の子。実は「歩いているだけで」いえ「立っているだけ」でも安心できないのが、ココロちゃんという女の子。

 

 今回、実は再読です。

 前回読んでから、年月をかさねるうちに、この作品の「ユーモラスなエピソード、語り口、放送中あわてて絶叫するアナウンサー」などの要素ばかりが記憶に留まり、あとは忘れていたわたし。

  この作品を「明るい不幸じまん」のストーリーだという誤解のみが残っていたのですが・・・・・・

 おおまちがい。

  一連のユーモラスなエピソードは、「冷酷、非情きわまりない犯罪計画実行」の記録であることが明白。

 

  クリスティの「冷酷もの」に分類される「大空の死」「杉の柩」「蒼ざめた馬」「第三の女」もまっさおな、冷血な犯罪を読み取ることができるでしょう。

  なぜ、あの「人物」が、標的とされ、何度も殺されかけたのか。そのあたりに気がつけば、まったく違う楽しみ方ができただろう、と・・・・・・・・オバカな自分がつくづく残念です。