浅田次郎さんの「初等ヤクザの犯罪学教室」(KKベストセラーズ)

 

  ダーク、ダーク、ダーク、と来てしまったので、「絶対に暗くなれない」「笑いと笑いの連続」であることを熟知している「初等ヤクザの犯罪学教室」を再読しました、

  浅田次郎さんの著書なので「絶版になるわけがないから、また買えばいいか」と思って売ってしまった自分のあさはかさを、呪う現在の心境です。アマゾンで買いましたが「非常に良い」状態のものは、私がチェックした時点では入手できませんでした。人気小説家さんの著作でも「小説」以外の作品は絶版多発であるという教訓です。過去、幸運にも、過去、島田荘司さんの「秋好事件」「三浦和義事件」を買った方、洋書「ZODIAC」つまり「占星術殺人事件」が海外で昂奮を巻き起こしている現在でも、この2冊は新刊で入手不可能です。今日のカップワンタンを買うために、売るのは絶対にやめましょう。すぐれた「評論家」でもある有栖川有栖さんのミステリー論の著作を入手したみなさま、いくら近刊の「ミステリ国の人々」がロングセラー確定の状況でも「絶版という悲劇」は突然、おこります。売らないよう要注意です。ましてや、超一流の論客でもある笠井潔さんの評論を買った方々、要要要要要注意です。

 

  まあ後悔しても売っちゃったものは、今さらしょうがないので、本作「初等ヤクザの犯罪学教室」のお話をしますが、この本は非常に良くできた「ハウツー本」「実用書」です。

  この本が描く「理想」を忠実に「実行出来れば」、 日本犯罪史上に残る未解決事件の、「第二の正体不明の大犯罪者」になれるでしょう。なぜ「第二」かというと、犯罪史上、「最高の天才犯罪者」を著者、浅田次郎さんが提示しているからです。それが「何者」かに関しては、後述いたします。

  こう書くと「危険な犯罪マニュアル」のように思われるかもしれませんが、そう思って読んだら、大まちがい。

 

  なぜなら、本書に書かれていることを完璧に実行できるような大人物なら、犯罪に手を染めなくても、大成功することが「容易」だからです。そして、「大成功」ならぬ、少なからず「成功した犯罪者」は多少実在するそうですが、それは何度も刑務所とシャバを行き来している前科者ではなく、「一度も逮捕されたことさえない犯罪者」を意味します。浅田次郎さんご自身は、「逮捕、起訴された経験は少なくない(かなり、ビックリです)が、公判はすべて無罪判決で、前科なし」という「プチ成功者」。「ビッグ」にしろ「プチ」にしろみなさん、体力に自信あり、「東大卒」なんて学歴が軽く霞んじゃうレベルの真の教養人、神保町古書店街に行くと遭遇することが多々、という一般的な「犯罪者」のイメージからは程遠い、という現実が「お金がほしいから、ちょっとコンビニでも襲っちゃおうか」などという「犯罪者志願」の人間たちを軽~く打ちのめしてしまいます。

 

  とはいえ、「堅苦しいお説教本」にはならず、読んでいる間、大爆笑必至の内容と筆致。さすがは 「蒼穹の昴」以前の浅田次郎さんです。

  「犯罪者の自覚無し」で、有罪になってしまう「善意の市民」が多いこと、その大多数が飲酒運転時の人身事故と、覚せい剤所持&服用であるということが本書の冒頭に記されていますが、すでに「飲酒運転」部分で笑ってしまいます。「加害者」は自分が「逮捕されたのではなく、”保護”されたと勘違いし」ており、留置場の他のメンバーをまるっきり見下している。しかし、彼あるいは彼女はじつは「一番の重罪人」。

 他にも、闇金を営んでいた浅田次郎さんが、自覚的借金踏み倒し人間の正体を見抜くことができず、取立てにいったはずが「追い銭1万円也」をはらってしまう 「ミイラ取りがミイラになってしまった私でありました」。銀行強盗でアシカセとなる銀行員の抵抗、「これは銀行員が勇敢なのではない、もともと全員がケチなのであります」。

 浅田次郎さんの「おかしさ」は、ひとつのセンテンスを抜粋しても伝えられないので、ぜひ実際に読んで笑っていただきたいと思います。

 

 その他、「贈収賄犯罪」と、企業間における「ワイロ」の違い。

 やむなく服役した場合、囚人仲間たちの中で、いちもく置かれるのは「殺人犯」などの「凶悪犯」ではなく、空き巣、万引きさえ含めた上で「盗犯」つまり「泥棒」であるという現実。それも「被害者に肉体的被害」を与えないほど評価されるので、「被害者と遭遇さえしないプロの空き巣」は、なんとまあ、カーストが高い。逆に、殺人犯は「良くても気持ち悪がられる」だけの、どん底カースト。まして「幼児殺人犯」に至っては、徹底的に唾棄される。仁義を重んじる「古風な大物ヤクザ」が同房だったりすると、地獄のような服役体験になってしまう。実際には「幼児」を殺したら、その時点で13階段が見えてくる、という量刑であることも、まだ少なくないとのことですが。ただ今世紀に入って、極刑を免れるケースも多いとも思います。その場合、刑務所暮らしは、すくなくとも「優しい」ものではない、らしいです。

 

 では、犯罪者たちが憧憬する、そして「やれたら、すごい」とおもう「夢の犯罪」は何かというと、それは「死傷者を出さない銀行強盗」それも「単独犯なら凄い」ということ。伊坂幸太郎さん描く「陽気な銀行強盗4人組」は、たとえムショ送りになっても、囚人仲間たちから称賛の嵐、「陽気な服役生活」をエンジョイできる可能性大というわけですね。そうでなくても「〇知」犯は、尊敬される傾向らしいので。

 しかし、浅田さんいわく、銀行強盗は派手なだけでコスパの悪い犯罪の筆頭格。労多くして実入り悪い。成功させるための最低条件は、強奪金額が1,000万円以下であるということ。それ以上、金額が多いと「紙幣の重さで身動きできない」というマヌケな現実。実際 「紙の束」というものが、どれほど重いか、オフィスワークで段ボールいっぱいの書類を運んだ経験のある人なら重々、承知のはず。なので、行員がカウンター越しに1億円さしだしても、受け取ってよいのは1,000万円以下。浅田さんの知る限り、単独犯による銀行強盗の成功例、つまり迷宮事件化したのは日本の犯罪史上、わずかに1件のみ。奪った金額は800万えんほど。しかも、各銀行の支店所在地と警察署の位置を調べつくし、道路をふくめる地理を徹底的に予習した結果であろうとのこと。なぜ、「支店と署の配置」が重要な勝因となったか、それに関しては本作をお読みください。ただ「所在地」が遠い、だけでは失敗だったであろうと。

 こうしてみると「銀行を襲った」わけではありませんが、「府中三億円事件」の犯人が、いかに狡知にたけた人物か、思い知らされます。事件現場は府中刑務所前、それなのに、事件の一報を受けて初動捜査をしたのは、たしか何キロも離れた国分寺署だった、と記憶しています。現場から国分寺市内まで200メートルたらず。しかも府中市としては「辺境」なので、府中署からも現場が遠い、という立地です。(ちなみに私の母校である都立高校は、まさに府中刑務所前という立地。刑務所の塔っぽい建物と城壁っぽい壁を利用して、映画部が近世ヨーロッパっぽい映画を撮影すること日常でしたが、法律上グレイゾーン映像なので、フィルム没収されること、しばしばでした。これが刑務所ではなく基地だったらまじでヤバかったはず)。

  銀行強盗に関する浅田さんの総括は・・・・・・銀行強盗して1,000万円奪うより、まじめに働いて1,000万円銀行に預金するほうが、比較にならないほど容易である、ということ。

  そして、この法則はほとんどの犯罪に当てはまるという現実。

  受験競争や就活という「関」があっても、「善良な勤め人」のほうが「犯罪者」として成功するよりも、楽だというのが、ぎりぎり「勝ち抜けできた犯罪者」としての結論です。

 

  では、その浅田次郎さんをして「第一の大成功犯罪者」は誰かというと、これはネタバレにはならないと思うので、記載しますが、「最高の成功した日本の犯罪者」は、警察があっさり手を引き、迷宮入りした「グリコ・森永事件」の犯人。警察が手を引いた一因としてあがっているのは・・・・・・

 

  逆に「大成功に近づいたのに失敗した」と浅田次郎さんが認定するのは、「ロス疑惑」の「犯人」として初審で有罪判決をうけた故・三浦和義氏。ただし三浦氏の「キャラの黒さ」今で言う「サイコパス的性格を実現したかのような人物像」と「無実ならありえない状況」から判断した「状況証拠による有罪」であること、週刊文春の「疑惑の銃弾」というスクープ記事がなかったら、「犯罪」の存在すら疑われなかっただろうという三浦氏の「犯罪者としての優秀さ」は浅田さんも認めています。

  この事件に関しては島田荘司さんが、ただならぬ興味を示し、三浦氏を「暫定無罪」であるという立場から「三浦和義事件という900ページにおよぶ再現本を書いていらっしゃいます。その著作の反響の大きさも一因となって、再審され、最終的に「無罪」で結審しましたが、今なお、浅田次郎さんのコメントには大きな説得力があります。「心証的にクロ」。実際「無罪イコール無実」ではない。有力な「援護者」の印象がある島田荘司さんの著作も、完全な「ノンフィクション」ではなく、ましてや「検証書」でもない、フィクション性が高い「ほとんど当事件をテーマにした小説」であること。亡くなった三浦夫人のためにももう一度審理されるべきと思いますが、結審した現状、無理でしょう。

 

  話が重くなってしまいましたが、

  浅田次郎さんの「初等ヤクザの犯罪学教室」

  軽く読める傑作「実用書」です。

 

  ちなみに、本書が刊行された当時、浅田次郎さんは作家としては無名。

  なので、「作者は何者?」という取りざたがされたそうです。ミステリー界で、もっとも興味を示したのが、昭和の大御所ミステリー作家として「今や忘れられつつある」佐野洋さん。「浅田次郎」なる「作者」に関して、「犯罪体験談が迫真的すぎるからほんとうに”ヤクザ”?」「いや、文章が上手すぎるから、プロノプロの作家の匿名なのでは?」と、今にすれば「愛すべき的ハズレ推理」を書評「推理日記」で繰り広げておられます。「推理日記」で「文章が上手」であることをほめられた作家さんは、ごく僅少。

  浅田次郎さんが当初から「卓越した文章力の完成された作家」だったということが、うかがえます。

  今では、「完成領域」を突破、「どこに向かうの?」感しか受け取れない私。我ながら残念な「読者歴」に終わりそうです。

 

  さて、絵本に関しては無知なわたしですが、愛読させていただいているブロガーさん、かんみゃさんから、すてきな絵本を2冊も教えていただきました。ブログでではなくコメントでおススメいただいたので、リンクを貼れないのが残念です。

 「興味津々」と「ステキ」な2冊。今月のお小遣いを使い果たし、25日のお給料日までガマンなのですが、ガマンできません。図書館に予約したところ、前者は3年近く前の発売なのに予約待ち11人、新刊の後者は136人待ちでございます。

 たぶん、かんみゃさんが先にお読みになることを期待半分、ブログのリンクを貼らせていただきたいと思います。

 

https://hama-sush-jp.pro/blauer-himmel1322/entry-12445298525.html

 

 「柑橘類」のお話、新しいこころみによる本屋さんの記事など、すてきなブログです。