黒澤いづみさんの「人間に向いてない」(講談社)

 

  田無美晴、54歳、女性。そこそこ稼ぎの良い夫をもつ恵まれた、しかし平凡な専業主婦・・・・・と見えているのは、世間上、取り繕った外面。じつは、ひとり息子の陽一は、高校を中退して自室に引きこもったまま、10年以上。いまや完全なニートで、正直なところ、お荷物的存在です。おとなしくて素直、反抗期もなく勉強もできる子だった陽一がなぜ? 30代になって授かった一人息子ということで、欲しがるものは何でも買い与えるなど、甘やかして育てたという「自覚」が美晴にはありました。高校中退後、スクーリング無しの通信高校への通学を勧めたり、美晴が可能な限り力を尽くしたのに、陽一は引きこもったまま。

 と、そんなある日、美晴が陽一に昼食が出来たと伝えにいくと、部屋の中にいたのは、床の上を這い、頭の左右についた複眼で、もの言いたげに美晴を見上げる、見たこともない種類の虫。それは、変わり果てた陽一の姿。陽一は、ものも言えぬ昆虫型の「異形」に変異してしまったのです。

  パニックに陥るほど狂乱する美晴ですが、「ついに、この日が来た」と胸に落ちる思いも。なぜかというと、ここ数年、「異形性変異症候群」という奇病が、増え始めていたからです。それは、文字どおり、人間がある日突然、「異形のもの」に変異してしまうというもの。異形の種類は個々によって千差万別。陽一のような昆虫系、犬猫系、鳥類系はもちろん、自力で動くことができない植物系までいます。形態によらず、大きさは概ね柴犬程度。

 この奇病が発見されると、発症するのは若い世代のみということで、世間は大騒ぎ。高齢化社会でさらに若年層の労働力を失ってしまうのは大問題では? しかし、それが杞憂であることは、すぐに明らかになります。この奇病に罹患するのは、若年層の中でも、ニートや引きこもりなど、生産性ゼロの人に限られるという事実がわかったからです。この病気に対する対応は、治療法の研究ではなく、患者は人間性を失っているので「人間としての死」を宣告するという「切り捨て政策」。発病した患者をもてあましていた家族の中には、この政策を喜んで「人権を持たない人外」と化した患者を、殺処分のために保健所に持ちこむ例が続出。

 美晴の夫、勲夫も陽一を保健所送りにすることに大賛成。しかし、美晴にはどうしても陽一を見捨てる決意が着きません。そのまま何日か過ぎ、美晴は陽一とともに「より良く」生きていこうと決め、患者家族の互助会「みずたまの会」に入会、そこで様々な人たちに出会うのですが・・・・・・

 

 

  第57回メフィスト賞受賞作。かつ、最近の受賞作6作中、唯一、ハードカバーの単行本として刊行された作品です。

 読んでみてかんじたのは、なるほど本作はノベルスや文庫で初版刊行できるような作品ではないな、という深い感慨でした。直近に松村比呂美さんの「鈍色の家」を読了していたので、どうしても比較してしまうのですが、既にして「作家としての格の違い」を、まざまざと見せつけられた想いです。作家としての力量は、松村さんどころか、そのリスペクトする新津きよみさんをも、はるかに凌駕していると断言できると思います。比べてみれば、直近の他のメフィスト賞受賞作は 「しょせんペーパーバック」レベルの作品にすぎないことが明らかになってしまう、という、メフィスト賞および講談社にとっては、皮肉な結果になってしまいました。

 

 本作の概要っぽいものは宣伝されまくっているので、「あ、カフカの劣化コピーね」という誤解が、残念ながら既に広まっているであろうと危惧しています。私自身、そのような先入観を持って読んだからです。実のところ、カフカとの共通点は「不条理な現象の真実や原因は解明されない」という点、というか、そのように見せかけているだけなのですが。

 「患者=若年ニート・若年引きこもり」という設定が実は・・・・・・「原因」が解明されない、それは当然そうでしょう。

 

 ミステリーではないのに、ちょっとでも深く内容に触れるとネタバレになりかねない危ない小説でもあります。

 

 ラスト近くで判明するある出来事に心胆凍る想いがするか、それとも「ざまぁ!」と爽快に笑い飛ばしちゃうか。

 あなたは、どちらでしょうか。

 

 早く受賞後第1作を読みたい作家さんです。

 女性版・小林泰三さんへと更に大化けするのか、それともエンタメ化著しい村田沙耶香さん方面へ進むのか、桐野夏生さんSFバージョンになるのか・・・・・・まさか「女・平山夢明さん」に孵化、という可能性だけはないと思うのですが。ただ、未来は21世紀和製ジェームズ・ティプトリーJr、という可能性も皆無ではないのでは、と夢を見てしまいます。

 

 なお、本作はグロ要素、ホラー要素は皆無(異形化もグロくないです。陽一・昆虫バージョンも、しだいに可愛く思えてきます。しおしおと触覚をゆらすところ、とか。自分でキャリーバッグにもぐりこむところ、とか)なので、繊細な方々にも安全にお読みいただけます。