松村比呂美さんの「鈍色の家」(光文社文庫)

 

 大学卒業後、大手商社に勤務すること4年あまり、社内恋愛が実は不倫だったことで傷つき退職した多香子。今はリサイクル会社のハウスクリーニング部門を、脚本家志望者仲間の青年、達郎とふたりで切り回しています。養父である宏一朗はおよそ10年にもわたって単身赴任中。養母の仁美は夫に同行しませんでした。それはマイホームに引っ越してきて以来の、近所の親友である郁子を支えるため。郁子は重度認知症の姑、千代の介護に追われ、外出もままならない毎日。しかも、陰気で内向的で地味な郁子にとって、仁美は初めてできた、たったひとりの友人。仁美には郁子を放っておくことが出来なかったのです。

 その千代は、紙オムツを誤食して窒息死。これで郁子も介護から解放され、仁美も夫の赴任地に行ける、と思った矢先、今度は郁子が心筋梗塞で急死。郁子の葬式に出かけた仁美の留守番をしていた多香子が配達された封書をみると、それは死の直前に郁子が仁美宛てに書いたもの。ただならぬ気配が漂っており、多香子は養母が読む前に手紙を試し読みします。果たしてそれは、郁子が親友のみに明かす告白の書。郁子は、姑の千代に紙オムツを食べさせ、さらに吸水ポリマーが膨張するように水を飲ませて、千代を殺したというのです。郁子の死後、虚脱状態の仁美。多香子はこの「恐るべき告白」を自分ひとりの胸に秘めたまま封印してしまおうと決意します。

  やがて、仁美は心機一転するために、夫の赴任先へと引っ越します。さっそく友人もでき、彼女からパソコンを教わったりして前向きになった仁美は、専業主婦の経験を活かした仕事を開始。

  一方、多香子は郁子の「告白」を心に秘したまま、仕事とシナリオ新人賞応募作品の執筆に、全力を注ぐのですが。

 

 

  松村比呂美さんは、初読の作家さん。

  楽天の新刊カレンダーで、エンタメの刊行予定をチェックしていた時に目に留まったのが、松村さんの最新刊、「黒いシャッフル」。女友だち3人が交換殺人を企てるミステリーらしい。これは大注目作品です。

 実は、私は「ほんとうに面白い交換殺人ミステリー」を探しています。なぜなら、そういう作品に出会ったことがないからです。ハイスミスの「見知らぬ乗客」、フレドリック・ブラウンの「交換殺人」、ニコラス・ブレイクの「血塗られた報酬」などの前世紀の名作から、近くは法月綸太郎さんの「キングを探せ」、深木章子さんの「交換殺人はいかが?」などにいたるまで「微妙」。偏愛している霧舎巧さんの「霧舎学園」を読んで思ったのは、霧舎さんをもってしても交換殺人ミステリーを傑作に仕上げることはできないのか、という諦観。どなたか、大傑作をご存知の方はご教授いただきたいです。大傑作とウワサの東川篤也さんの某作品はパスで。東川さんの作品は「好き嫌い」以前の問題で「相性が悪い」ので。

 ともあれ、これで松村比呂美さんは、要注意作家さんに。

 で、自宅近くの図書館で借りられたのが「鈍色の家」です。

 

 読みながら、浮かんでは、いっこうに消えていかない「これ、ミステリーかな?」の疑問符。

 終盤に差し掛かるころには、頭の中は疑問符で飽和状態。

 

 読み終えてみると、確かに、なんというか、ミステリー、なのか、これは。

 隠された犯罪と、もうひとつの隠された犯罪、そしてその裏にさらに深く隠された実に罪深い犯罪があり、それぞれ意外な「犯人」がいます。動機も意外、かつ不自然ではない。「そういう理由があれば、そんな悪いこともするだろうな」と納得できます。

  しかし!

  伏線が、カケラもない!

  これって・・・・・・ミステリーではない、と判別してしまいます。

  書くべきことが書かれていないのに、むやみに書き足された枝葉部分。「ミステリー展開の本筋」に絡んでこないので、完全に蛇足ですね。しかも、それらの並行ストーリーがすべて、結末が書かれないまま、放置状態。

  要するに「書き方」「技術力」の問題だと思います。たとえば重層的なプロットを組み立てる秋吉理香子さんなら、「完璧なイヤミス」に仕立て上げられたのではないでしょうか。

  もし米澤穂信さんが、この素材で書いたら、と想像すると、ゾクっとします。

 

 あと、枝葉末節ですが、細かな問題箇所も目に付きます。

 たとえばモブキャラではありますが、エリートOLっぽい20代女の子がつけている香水が、シャネルのエゴイスト。確かにNo.5とならんで「有名な」香水ですが・・・・・・エゴイストって、本来は男性用なんですよね。女性でも愛用する人もいますが、コリアンダー(パクチイですよ、あの人を選ぶ臭いのパクチイ)が使われているので、なんというか、良く言えば非常にスパイシーな芳香。後続のエゴイスト・プラチナムならまだしもですが、こちらはパクチイ抜きのかわりに、悪名高い動物性香料ムスク(くさい。マリー・アントワネットが忌み嫌った香料)が使われているので、やっぱり20代の女の子なら、使うのに勇気がいります。せめて30代以上なら。

 ふつうに考えれば、20代の女の子がチョイスしそうなのは、無難な線でいくならぱフローラル系のローズドクロエ、おとな女子を目指す子なら、ダージリンティーの香りを秘めたブルガリ・オ・パフメあたりなんじゃないかな、と。私も詳しくはないですが。

 

  やっぱり、私も一応「女子」なので、香水やアクセサリー、お洋服、バッグなどの描写に違和感があると引っかかります。ふつうに「香水のかおりが強すぎて」と書いてあれば、じゅうぶん意味が通じるじゃないですか。

 

 その他の部分でも、いろいろと、つまづきポイントが。パソコンのワンレッスン分をかけて習うのが、画像や写真の取り込みのみ、というのにも引っかかります。

 「明日のパソコンのレッスン、頑張っちゃうからね」で意味は通じます。

 「具体的な」描写にしようと無理に工夫したところが、ことごとくハズしている感じ。

 その点、井上夢人さんは実にに上手だな、と改めて痛感します。井上さんといえば、コンピュータに関しては、既に(良い意味での)ハッカーだと思いますが、「固有名詞の多用」「具体的な内容の表記」を意識的に避け、それなのに「リアルなディテールが効果的な」作品を描いています。表現力という点では卓越した作家さんです。これに「発想力」が、加われば無敵。やっぱり、岡嶋二人さんの復活を!と望んでしまいますね。

 プロの作家さんとして小説を書いているのですから、読者が引っかかる描写をわざわざ増やす、というのはどうなんでしょう。私が「読み手」「選考委員」としての栗本薫さんを高評価しているのに、栗本さんの小説を高評価できないのは、同様の引っかかりポイントが多すぎる、というのが理由のひとつ。

 

 ただ、松村比呂美さんが第2の栗本薫さんになる可能性は低いでしょうね。皆川博子さんが「衒学の女王」なら、栗本さんは、まさに「雑学の女王」。ところどころ間違っていたとはいえ、知識量はハンパない作家さんだったことは事実。

 それに、松村さんがリスペクトするのは、新津きよみさんということなので。新津さんがリスペクト対象になる時代が到来するとは、夢にも思いませんでしたけど。

 うーん、新津きよみさん・・・・・微妙。