福澤徹三さんの「侠飯4 魅惑の立ち呑み篇」(文春文庫)

 

  藤堂旬一郎、28歳。与党自炊党の国会議員、肝付泰造の公設第二秘書をつとめる青年で、将来は肝付の地盤を継いで政治家への道を、と自他ともに認めています。第一秘書の雄司はチャラい男で38歳になるというのに腰が定まらず、その一方では、自分より格上の大学を出た旬一郎を僻んでいます。

  なかなかに精神疲労のたまる毎日をおくる旬一郎の、たったひとつの安らぎは、麹町の酒屋の片すみの立ち呑み屋「チドリヤ」で、軽くビールや日本酒を楽しむひと時。安いつまみは、缶詰やプラボトル入りの「なとり」っぽい海鮮加工食品のみ。ビールは缶のまま、客が自分で冷蔵庫から出して飲みます。安いけれど、おいしいとは言えない店。にもかかわらず、旬一郎が時間がゆるすかぎり通い詰めるようになったのは、27歳の女主人、小梅にひとめぼれしたからでした。

  ところが、ある晩、チドリヤに行ってみると、カウンター内には見知らぬ二人の男が。鋭い目つきの男が柳刃、料理人。軽めの若い男が火野、調理助手とのこと。立ち呑みチェーンの立ち上げをめざす酒造メーカーから、立ち呑み屋向け料理の開発と、その評判調査の目的で派遣され、チドリヤの料理人を短期任されることになったという話です。二人に対し、なんとなく反感を覚える旬一郎でしたが、柳刃が缶詰を使って作った小料理の美味しさは認めざるをえませんでした。

  それでも旬一郎の第一の目当ては、今は接客に専念している小梅。さりげなく夕食やランチに誘い、自分の気持ちを匂わせてみたりもするのですが、小梅の反応は可もなく不可もなく、という感じ。

  やがて、肝付が後援会のバス旅行の〆として計画している夕食会への差し入れを、旬一郎は柳刃と火野に依頼するのですが・・・・・・

 

 

 久しぶりの「侠飯」シリーズのご紹介です。

 読み始めの第1巻でハマり、第3巻まで三連続でご紹介したシリーズ。4巻目はずいぶん間があいてしまいました。その理由は、4巻目を読み終えて、なんだか気抜けしてしまったせい。

  ひらたく言えば、今までのように「熱血面白い」と感じられなかったのですね。なんだか、わくわくの昂奮がなく、冷めてしまった感じ。とりあえず、しばらく、寝かしておくことに。

  そして、塩漬け放置すること、しばらく。オチも細かいあらすじも忘れたところで再読した感想は。

 

  やっぱり「面白い」でした。

  主人公の旬一郎は、今までの各巻主人公のような「社会の落伍者」ではなく、議員秘書という、いわば未来の政治家候補のエリート。

  そう。まさにその点が初読時に「いまいち」と感じてしまった点なのですね。しかし、再読して思いだすのは、「政治家秘書」の究極的、かつ重要きわまりない「役割」。このごろは聞かれませんが、以前しばしば耳にした、疑惑政治家の言い逃れ、「秘書が独断でやりました」ということば。そして、警察が踏み込んでみると。その秘書は既に、という成り行き。

  本篇の主人公、旬一郎がその「ブラックな事実」を知るのは、おめでたいことに、物語も半ばを過ぎてから。

  彼は「地盤引き継ぎ候補」として、無事に秘書生活をまっとうすることができるのか。

 

  当初、旬一郎は小梅への恋にかなりの勝算を抱いていました。それは、チドリヤの常連客たちが、旬一郎以外はみな「負け組」だったから。30過ぎても、また還暦どころか70代になっても、そして新卒早々で既に不安定な「アルバイト」として働かざるをえない男たち。「貧乏」が染みついているからなのか、あるいは生来そうだったのか、容姿も旬一郎より、はるかに劣っています。柳刃の作る料理は一品400円以下。そんなチドリヤで飲み食いするのが、彼らにとっては、精いっぱいの贅沢。結婚なんて、夢のまた夢。

  そんな「底辺連中」のつどう世界から、小梅をランクアップさせてやりたい、と旬一郎は思っています。かなりイヤな主人公です。

 

  今回、印象的なキャラといえば、なんといっても国会議員の肝付泰造。自他ともに認める「真っ黒な」政治家。野心は強いけれど、国会ではしばしば、居眠り。国会中継の生放送を凝視して、目覚まし代わりの携帯を鳴らしては肝付を起こすのも秘書たちの役目。五十路熟女にまでボディタッチせずにはいられないセクハラ親父。全くの成り上がりで、貧しい成長期を過ごしたため、「豪勢なご馳走」が大好き。「高級店」で食事できないと機嫌が悪い。ただの「一流店崇拝」の「バカ舌自称美食家」かと侮っていると、接待に使った一流料亭の「エセ高級料理」をあばく「本当の舌」を持っていることがわかる。

  見かけどおりのただの俗物にすぎなかったら、はたして政界でなりあがっていくことができたかどうか。

 

  注目の「めし」の部分は、というと、今回は立ち呑み屋のつまみ、一品400円ないというシバリがあるため、やはり限界が見えます。値段の割に豪華に見えるピンチョスがご馳走扱いという点も、同意せざるをえないかと。「常夜鍋」ですが、それほどの「隠されたご馳走」でしょうか。安くて簡単、かつ栄養バランスも良いので、我が家ではよくお世話になるメニューです。豆ご飯は、確かに「ご馳走」。グリーンピースを煮崩れさせず、しかも塩気の浸みた炊き上がりにするのは、なかなかに難しいです。一点、違和感があったのは「ホワイトアスパラ」の缶詰。生のホワイトアスパラも高級食材に分類されると思いますし、7本ほど入った缶詰は700円くらいすると思います。

 

 次巻の「嵐のペンション篇」は「飯テロクローズドサークル」もの。わくわく感いっぱいの作品でした。近いうちに、ご紹介したいと思います。