トム・サヴェージの「見つめる家」(ハヤカワ・ミステリアス・プレス)

 

  ホリー・スミス、24歳。カリフォルニアの小さな旅行会社で働くOLです。背が高く、ブロンドで青い瞳の美人ですが、その生活は平穏で、平凡。”退屈”と言っても良い日々の繰り返し。何人かの若い男の子たちとの恋愛を経験しはっきり言って労働は嫌い

  そんなある日、東部コネティカット州在住のアリシア・ランドル・ウェインライトという女性から、丁寧な手紙が届きます。そこには、アリシア自身がかつて実兄から巨万の富を相続した女相続人であること、そして今や健康を害し、明日をもしれぬ体であること、自分が死んだらその財産は。実兄の孫に相続させることが決められていること、その孫こそがホリーであり、ホリーはスミス夫妻の実子ではなく、ランドル家の御曹司ジェイムズと美人女優の間に生まれたランドル一族の最後のひとりであるということが、淡々とした、しかし慈愛に満ちた文章で綴られていました。

 退屈な仕事から解放される。ホリーは安物のボストンバッグに荷物を詰め、コネティカットの古く大きな屋敷へ向かいます。空港へホリーを出迎え二来ていたのは、ケヴィンという魅力的な男。ランドル家の使用人なのに、ホリーへの敬意はないようす。しかし、そのせいでホリーはたちまち、ケヴィンと打ち解けます。

  一族の屋敷ランドルハウスにつくと、一族と使用人たちが出迎えてくれます。しかし、肝心のアリシアは、すでに亡くなっていました。ホリーに遺産を横取りされたともいえる叔父のジョンもホリーに対して、敵意を持っていないようす。ジョンの美しい妻キャサリンに至っては、ホリーとの出会いを歓迎するあまり目を潤ませています。

  ランドルの町に住むメリッサという女友だちもでき、身分と財力相応の衣装や身の回り品も買いそろえ、順調に滑り出したかに見えるホリーの新生活。しかし、彼女は知ってしまいます。実母コンスタンスが夫ジェイムズを射殺し、服役中にホリーを生んだという事実。ランドルハウスの庭園を彷徨い歩く謎の黒衣の女。捨ておかれた何者かの墓。温和そのものに見える叔父のジョンが殺し屋まで雇って誰かを殺そうとしていること。そして付き合いが深まるほどに、謎めいていくケヴィンの過去。

 すべての謎は実父母の過去に繋がっている。そう考えたほりーは、真実の過去を知るために、禁断の扉を開けてしまいます。特に「忌まわしき者」として唾棄されている母コンスタンス。彼女はどんな女だったのか。

 

 

 

 冒頭にウェイストレイクの言葉が掲げられています。

 「ゴシック小説とは若い娘が屋敷を手に入れる物語である」

 まさしく、そのとおり。名言だと思いますが、ウェイストレイクって、一読記憶から消し去ることができない「踊る黄金像」を筆頭にするバカミスを書きまくった人では? 不安になって調べてみると、バカミス作家(当然ですが、ほめてます)の奥さまのお言葉でした。

 その他、過去の作家さんたちに献辞が贈られていますが、なかでも、メアリ・スチュアート(以前とりあげた「この荒々しい魔術」の作者)、フィリス・A・ホイットニーの2名は未訳の作品も多く、再評価が望まれるゴシックロマンスの書き手です。

 

 タイトルに、”真のゴシックロマンス”と記しましたが、”真の”は”ロマンス”を強調したつもり。

 ロマンスに擬態しそこなった超薄味の「恋愛ストーリー」が濫造されては、返品、断裁へと、または購入、斜め読み、売却への道をたどっている昨今。テンプレ化した作品が多いという点で、ラノベに似た立ち位置ですが、ラノベには一定の固定読者層を強くひきつけ、二次作品さえ書かれている作品が多々あるというのに、ロマンス小説は・・・・・・ロマンス小説と名乗る以上、少なくとも深く魅惑的な恋愛物語を描いてほしいのに、実態は「安っぽいご都合主義な」男女関係制作の垂れ流しに終始しています。特にヒストリカルロマンスは、無残極まりない。18世紀などと、数字上では設定されていますが、描かれている世界は、まるっきり現代。ただ男たちがスーツではなく、甲冑や宮廷服を身につけているだけ。ウォルター・スコットの歴史ロマンスの大傑作「アイヴァンホー」を読んでから執筆していただきたいところです。オルツィの「紅はこべ」も参考するにふさわしいテキストですね。サトクリフの初期作品を全作読破したら「歴史ロマンス」とは何か、いやでも悟らされてしまうと思います。避けた方がよいのは、マリオン・ジマー・ブラッドリーの大作のかずかず。これはもう「どうすれば、凡庸でつまらない歴史ロマンス、歴史ファンタジーが書けるか」の、まさにお手本というべき凡作の集大成です。

 

  その点、トム・サヴェージの本作は、現代を舞台にしながら、みごとなゴシックロマンスに仕上がっています。

  優れたゴシックロマンスには「誰が味方で、誰が敵かわからない」あるいは「誰もが怪しく見える」という、ハラハラ感、ドキドキ感が必須だと思うのですが、その点でも大満足の作品です。もう一歩書き込んで、「すべての条件が提示」されていれば、クリスティ流の過去遡行本格ミステリーとして楽しむこともできるのですが、キャラたちの行動、心情の多くが、故意にl隠され、そこがまた魅力になっているというジレンマを内包したプロットが展開されていきます。ここは「謎とき」ではなく「真実がわかったときの驚き」に楽しさを求めたほうが、断然お得でしょう。

 悲しむべき欠点はひとつ。作者ではなく版元の責任なのですが、見開きの登場人物紹介部分を、ほんの少しだけ注意深く見てしまうと、「さまよう謎の黒衣の女」の正体が、バレバレだという点。しかも、この部分には明らかにアンフェアな記載があります。

 

  ゴシックロマンスの本質を見事に言い得た言葉はもうひとつ。若竹七海さんのブラックなコージーミステリー「古書店アゼリアの死体」の仲の名文。

 「そして、お姫さまはお城を手にいれ、しあわせにくらしました」

 

 ウェイストレイク夫人の言葉と共通するのは「王子さま不要論」。そう、王子さまがいなくても、「お城」を示す何かは絶対に必要なんです。