氷桃甘雪さんの「六人の赤ずきんは今夜食べられる」(ガガガ文庫)

 

  たぶん18世紀、たぶんフランスらしき国。

  獲物を求めつつ、かつ獲物を滅ぼして不毛の地としてしまうことを避けるために、定住せず流浪する若い猟師。彼は、田舎にもかかわらず、不思議なまでに富んだ村に立ち寄り、一週間ほど滞在させてくれないかと頼みます。しぶしぶ受け入れる村の実力者たち。しかし、村長が言うには、「六月の赤い満月の夜、つまりまさに今夜出現する狼には手を出してはいけない」とのこと。

  年に一晩だけ現れるその狼は、巨大で、銃弾をもってしても倒せないほど強靭、しかも人間なみの知能を持つ怪物。その名は、ジェボーダンの獣。ただし、ジェボーダンが狙い、襲って、喰らうのは、森に点在する家に住む「赤ずきん」と呼ばれる少女たちのみ。赤ずきんたちは、それぞれに効果が異なる「秘薬」を作る特殊能力を持ち、その秘薬は尋常ならぬ高値で取引されます。振りかけた対象の匂いを消す、透明にする、他の生きものに変身させる、木端微塵に粉砕する、硬化させる、発火させる、など秘薬の効果は貴重で便利、かつ様々な策謀を可能にする危険なものばかり。赤ずきんたちに衣食住を与えるかわりに、秘薬を作らせ、それを売って得た巨万の富によって、村人たちは働かずに贅沢な生活を送っているのです。

  富をもたらす存在でありながら、ジェボーダンの並外れた強さを前に、毎年、見殺しにされる赤ずきんたち。生き残っているのは、もはや六人のみ。そのうちのひとりに、かつて死なせてしまった少女の面影を重ね見た猟師は、村長に逆らって、赤ずきんたちをジェボーダンから救おうと決意。彼女たちを連れて、禁断の「魔女の塔」に立てこもることに。しかし、防御法を施していたにも関わらず、早々にひとりの赤ずきんが犠牲に。

  赤ずきんたちの中に裏切り者がいる。そう確信する猟師。「疑い」ながら「護る」。一方で、ジェボーダンの獣はなぜ生まれたのか、なぜ赤ずきんのみを殺すのか、そして裏切り者の目的は何なのか。必死に推理を巡らせる猟師。隠された真実に、生還への鍵があると信じながら。

 

 

  「赤ずきん」をはじめ、「狼と七匹の子山羊」「白雪姫」「シンデレラ」などの有名メルヘンのエピソードをモチーフにし、「秘薬の効果」などのファンタジー要素をちりばめた上で、緊迫した「フーダニット」のミステリーとして構築された精緻な物語。表面に活写された、緊迫感の高いサバイバルストーリーの狭間で、次第に明らかにされる、過去の煌びやかで凄惨な因果の物語。そのストーリー運びは、みごとのひとこと。

  序盤で描かれた、細かいディテールのひとつひとつに無駄な描写は、全くないということが判明していきます。

 

 舞台はなぜ「魔女の塔」でなければならなかったのか。

 なぜ赤ずきんたちは「魔女の塔」を「お后様の塔」とも呼ぶのか。

 廃墟となった塔に置き去りにされた手記。無関係に思われた「魔女」と「赤ずきん」たちの間に存在していた深い因縁と、破綻したシンデレラストーリー。

 はるかな昔、「真実のみを告げる鏡」が、「彼女」に告げた残酷な「真実」。

 ひとは、なぜ狂気に駆り立てられるのか。

 「狂気」が大きな「権力」を握ったとき、何がおこるのか。

 初めに殺された赤ずきんが、「あの赤ずきん」でなければならなかった必然性。

 毎年、ともに行動した赤ずきんたちが必ず全滅、自分だけが生き残る「死神」と呼ばれる赤ずきんは、なぜ生き残り続けるのか。

 

 ミステリーとして見た場合、この作品は「ホワイダニット」でもあります。つまり、ジェボーダンは「なぜ」赤ずきんたちを狙うのか。隠されていたのは、あまりに悲しい「動機」。読了後、「ジェボーダンの動機が弱い」と言う人は、おそらく、いないのではないのでしょうか。

 

 しかし、本作の本領は、なんといっても「フーダニット」。猟師が振り返ったとき、彼にのみ必然的に見えた「犯人」。269ページ、3行目で、待っていた戦慄。しかし、その時点で猟師は真実を知らせることができない。

 

 実に良くできたミステリーです。

 新人賞をとるのは当然の作品といってよいでしょう。

 ただし、まさにその点において、この作品のたったひとつの、しかし致命的といえる大きな問題点があります。

 それは、この作品が「ライトノベルの新人賞の受賞作である」という、看過しがたい事実。

 つまり、この作品は、昨年のミステリーのランキングで、完全に見落とされているのです。三つのランキングを総覧しても、この作品をあげているのは、「このミス」誌上、146ページの「東京大学 新月お茶の会」のみ。

  その一方で、本作よりはるかに質の低いライトノベルが3作品もメフィスト賞を受賞、各ランキングを賑わした、という現実。同じライトノベルのレーベルとは言え、講談社文庫タイガ(メフィスト賞受賞の場合)とガガガ文庫(本作)では、読者層もレーベルの傾向も全く違います。

 

 作者、氷桃甘雪さんに尋ねたい。

 アガサ・クリスティの超名作ノン・シリーズ作品風に。

 「なぜメフィスト賞に応募しなかったのか?」