汀こるものさんの「パラダイス・クローズド」(講談社文庫)

 

  警視庁捜査1課の若手刑事、高槻はとある任務を命じられます。

  とある美少年の双子、美樹(よしき)と真樹(まさき)。弟の真樹は捜査1課もまっさおのキレッキレの名探偵。では、真樹とバディを組むのかと思いきや、命令は兄、美樹の付き人みたいな?感じ。周囲がやたら同情のまなざしを向けてくるのも不気味極まりない。しかも、自分は「八番目の人柱」と呼ばれているらしい。双子に付き添って、小笠原諸島に向かう船に乗り込んだところで「裏話」を知らされる高槻。双子の兄、美樹は「タナトス」つまり「死神」と呼ばれている少年。とにかく彼の行く先々でおこる殺人事件。あっと言う間に、死体の山を築き上げてしまう、恐ろしい少年なのでした。高槻の先任者は全員「殉職」でリタイア。いや~な気分になる高槻ですが、場所は既に船上。そして、船はひたすら小笠原へ向かっています。

 そもそも、双子はなぜ小笠原に行くのか。それは、変人のミステリー作家、大倉が孤島に建てた自慢のお屋敷「水鱗館」を気ごころの知れた仲間たちに見せびらかしてやろう、と企てたため、その招待に応じたのでした。招待客のほとんどはミステリー作家たち。

 高槻が美人作家の登場で心ざわついている中、美樹によって語られるのは、植物学、遺伝、魚類に関する膨大な薀蓄。

 水鱗館についた一行を出迎えたのは巨大なモナコ式水槽。つまり

https://kaisuigyoshiiku.com/2-05

の大規模なものでした。

 しかし、続くのは、何者かによる故意の停電。停電が水槽の魚に及ぼす害をめぐって騒いでいるさなか、主人の大倉が密室で殺されます・・・・・・

 

 

 汀こるものさんという作家さんは初めて知りました。読んで納得。「本格ミステリー作家さん」ではありますが、私の守備範囲の作家さんではありません。「美少年天才探偵」という言葉が出てくるや、私の脳は「範囲外認定」してしまうので。

 そもそも、軽く、いえ、重く偏見かもしれないのですが、高校生やましてや中学生に、名探偵が存在しうるものかどうか。必要とされるのは、論理性、推理力だけではありません。酸いも甘いもかみ分けた「世智」も要求されるでしょう。まして「美少年」設定に関しては完璧、読者受け狙いだと邪推してしまいます。

 もし米澤穂信さんの「小市民シリーズ」の高校生探偵、小鳩くんが美少年設定だったら・・・・・引いちゃいます。

 

 メフィスト賞には、汀こるものさんの、この「タナトス」シリーズのような「美少年探偵」を、10年に1回は選ぶ傾向があるらしい、です。高里椎奈さんの「銀の檻を溶かして」(そういうタイトルだったと思います)に始まる「薬屋奇譚」っぽい名まえのシリーズもその1例。高里さんは、このシリーズも、異世界戦記の人気シリーズ「フェンネル大陸偽王伝」も私には合いませんでした。

 

 「パラダイス・クローズド」で言及しなければならないのは「薀蓄」。そう、本書の7割は薀蓄ではないかと思われます。「隕石激突以前に、地球の生物は一度滅んでいる。藻類つまり植物プランクトンの増殖により、大気が酸素100%になってしまったため」とか「ある種の水生生物の毒性はあまりに高く、その上部の海面を泳いだだけで毒死の危険がある」とかまでは面白く読めたのですが。この薀蓄、必要なの?と思うにつけ、読むのが苦痛に。せっかくの貴重な知識ではありますが、視界をよぎっただけで、すこしも頭に残っていません。京極夏彦さんの薀蓄や、北森鴻さんの蓮丈那智シリーズの薀蓄はすごく楽しめたのですが。

 「タナトス」の薀蓄は、こなれていない感じがしてしまうのですね。ネットの情報を丸写しした感がハンパないです。

 

 あと!!

 要注目!!

 これは読了者としては警告するべき義務があると思うのですが、この作品、ゴールディングの名作「蝿の王」のほとんどをネタバレしています。これは、かなり罪深いと思う。これから「蝿の王」を読もうという方は、本書を読むべきではないと思います。なんといっても「蝿の王」のほうが、疑いなく傑作ですし、「読むべき本」だと感ずるので。

 

 ミステリーとしてはどうか。

 作者みずから言うとおり「ノックスとヴァン・ダインにケンカを売った」意欲作です。その上で、本格ものとして着地しているところは賞賛に値すると思います(多くの読者が指摘するとおり、何度読み返しても”動機が不明”なのですが)。

 ただ「小説」として、おもしろいか。

 疑問です。

 少なくとも、市川憂人さん、今村昌弘さん、周木律さん、月原渉さん、深水黎一郎さんのような秀逸な物語性を期待することはできないし、そうかといって白河三兎さん、天祢涼さん、井上真偽さん、相沢沙呼さんのように独自の世界観があるというわけでもありません。今村さんに物語性・・・・・オチを理解するために何度も何度も読み返して、これは「物語だ」と感じました。

 あと40代の作者さんが、若者ウケを狙った的な「イタイ感じ」は、これもたびたび指摘されているところ。

 

 以下、男の子のみなさんは読み飛ばしてください。

 

 例えば、汀さんの他の作品ですが、いまどきのファッションに敏感なティーンの女の子が、おしゃれな私服を買うために行くのが「しまむら」。これは、かなりイタイです。せめて、最低でもWEGO,アースミュージック&エコロジー、ジーナシス、オリーブ・デ・オリーブ(ちょい古いかな)、ローリーズファーム。ファストファッション系ならGU、ハニーズくらいは押さえた上で書いてほしい。(でも、それをやったら、田中康夫さんの小説のように、風化も早いでしょうけど)

 しまむらでショッピングする女の子が「おしゃれ」な子という前提は・・・・・・作者さん、実際に”女の子”の目で考えてみてください。作者さんだって、40代女子でしょう? 女子は何歳になっても、心は”女の子”なんですから。

 

 さらに言えば、「ユーモア」要素もイタイ。少なくとも、今の若い子からみると、サムい笑いかな、と。

 

 それにしても思うのは。

 有栖川有栖さんの「学生もの」は今読んでも古びてないのに、おそらく、今後も古びないのに、栗本薫さんの「ぼくらの時代」は時代おくれ感ハンパなくてもはや読めません。「学生アリス」の学生たちは、スマホなんてもちろん、持ってないのに。でも彼らは永遠に「若い子」認識されるでしょう。なぜなのか。作者さんにはそのあたりを、もっと考えていただきたいと思います。