大倉崇裕さんの「福家警部補の挨拶」(創元推理文庫)

 

  私立美術館、「江波戸図書館」。好事家の企業家、江波戸康祐が私財を投じ、世界中の稀覯本、特に絵本を中心に収集して建てた図書館です。本を第一に考えた設計のため、殺風景な建物は「刑務所」と仇名されています。

  ある雨の夜、図書館長の天宮祥子は、図書館の現在のオーナー、江波戸宏久を館内の、わりあい手に入りやすい書物の並んだコーナーに呼び出します。実は借金まみれの宏久は、昨年、康裕の死後、図書館のオーナーになり、図書館を敷地ともども売ろうとしていたのでした。祥子は彼に対して罠を仕掛けます。高額な古書2冊を持ち出し、狂言盗難を仕組んで、保険金を手に入れようというものでした。すぐにでも現金がほしい宏久はこの話に飛びつきます。祥子は書棚の前で、重厚で重い古書を抜き出し、それを渡すふりをして、宏久の頭を殴りつけて気絶させます。その後、書棚を宏久の体の上に倒し、圧死させて目的は完遂。彼女は「古書を盗むために忍び込んだ宏久が、倒れた書棚に圧死された」という事故を装って、彼を殺したのでした。

  翌朝、金属5年無遅刻無欠勤の事務員、市田珠子が宏久の死体を発見して、警察に連絡。駆けつけたのは、鑑識の二岡と、女性警部補、福家でした。福家は30代なのに、うっかりすると女子高生に間違えてしまうような女性。身長152cm、丸顔、縁なし眼鏡のおくのおっとりとした眼差し、切りそろえられた髪。祥子は問われるままに、宏久の死亡推測時刻に、古書店主の殿山と商談していたことを告げます。

 殿山は福家の質問に、祥子との商談を証言するのですが、「書棚が倒れて圧死した事故なのに、捜査一課、つまり殺人担当の刑事が来るのまなぜ」といぶかしく思います。

 完璧だったはずの祥子の犯罪。福家はどうやって、彼女の犯罪を暴いていくのか・・・・・第1話「最後の一冊」など全4作を収録。

 

 

 アメリカの刑事ドラマシリーズ「刑事コロンボ」は主演のピーター・フォークが亡くなった今でもなお、ファンが多いようです。

 そのわりに、「刑事コロンボに代表される倒叙ミステリー、つまり「まず犯人が人を殺し、それを探偵なり刑事が暴いていく」という形式の作品、特に小説はありふれたものではありません。「倒叙ミステリー」という名称すら、浸透しているとは言いがたく、しばしば「叙述ミステリー」と混同されるようです。

 

 私としては「探偵役が”犯人の誤算””現場の矛盾”などという”手がかり”をもとに、犯人を追い詰めていくというプロセスは倒叙ミステリーとしては必須の要素と考えているのですが、近ごろは「犯人の視点から書かれたミステリー」「犯人が犯罪を犯すまでを描いたミステリー」「終始犯人視点」という「拡大解釈」(私は「拡大」ではなく「誤解」だと思うのですが)もなされています。その結果、貴志祐介さんの「青の炎」、桜庭一樹さんの「少女には向かない職業」、はては殊能将之さんの「ハサミ男」までも「倒叙」として数えられている場合が多いと思います。これを広義の倒叙ミステリーとすると、探偵役による推理と犯人との戦いまでを描いた作品は「狭義の倒叙ミステリー」ということになるのでしょうか。ただ、さすがに「ハサミ男」を「倒叙」と呼ぶのは苦しい。あくまでも、ハサミ男という探偵役による「模倣犯の正体」探しのミステリーですから。

 

 「狭義の倒叙」の歴史は実は結構古く、有名どころでは何といっても、クロフツの「クロイドン発12時30分」でしょう。それから名作なのに、絶版になっているリチャード・ハルの「おば殺人事件」。これは「広義」じゃないかという反論もありそうですが、しっかり「狭義」です。「探偵役」が「推理」し犯人に対抗するシーンがきちんと「探偵視点」で書かれています。両者とも「倒叙」としてのみではなく「ミステリー」として傑作。

 では、日本ではどんな作品があるかというと、ドラマでは有名な「古畑任三郎」が押しも押されぬ「狭義ミステリー」の、まさにお手本。ただ小説は、というと「福家警部補」登場以前なら、石持浅海さんの「扉は閉ざされたまま」が目につくくらいでしょうか。

 そんなミステリー界に「狭義倒叙」の、しかもシリーズものとして登場したのが「福家警部補」シリーズ。わたしは何年も前に「和製倒叙ミステリーの名作はないか」と知恵袋で質問したのですが、唯一あげられたのがこのシリーズ。その時の印象で「福家警部補=男性」と思い込んでいたので、本作を読んでびっくり。

 

  作者の大倉崇裕さんは創元推理短編賞、つまり現在のミステリーズ新人賞でデビューなさった作家さん。この新人賞の受賞作家さんたち、創元推理短編賞の受賞作家さんの中では、大倉さんと加藤実秋さんが目立つくらいですが「ミステリーズ新人賞」になってからは、かなりの顔ぶれがそろっています。

  大倉さんの受賞作はその後の活躍の基盤になる「落語シリーズ」の第1短編。しかし、大倉さんは「コロンボ」ファンという顔も持っていたのです。「日本にもコロンボを存在させたい」という意欲から生み出された「福家警部補」シリーズ。結果として極めて魅力的なシリーズとなりました。福家警部補のキャラがいいです。一見ぼーっとした幼児体系の女子高生風、しかし、内実はキレッキレの頭脳と、イギリスの名警部フロストをもしのぐ体力の持ち主。外見のせいで、現場からつまみ出されそうになることもしばしば。

 連続ドラマで檀れいさんが演じましたが、ミスキャスト感ハンパないです。それ以前のNHK版の永作博美さんは・・・うーん、わりとよかったかなと思わないこともないのですが、美人すぎ!

 

 「挨拶」はこのシリーズの1作目。現在5作目の「考察」まで出ており、3作目「報告」までは文庫化されています。「コロンボ」に比べると、シンプルではありません。作者さんは倒叙であっても「本格」がやりたかったんだろうな、と思わせます。

 福家警部補の鋭い考察に関して、犯人が墓穴そのものの反論をしてしまうのも「コロンボ」以来のお約束。

 本作で、最高傑作とされているのは「オッカムの剃刀」。確かに、名作であることは否定できないのですが、初心者にはハードルが高いかな、と感じてしまいます。「倒叙」ではなく「本格」を読み込んできた読者さんでないと、完全に理解するためには「ネタバレサイト」が必須になるかも。私が一番好きなのは「月の雫」。日本酒の酒蔵を舞台にした、抒情的な倒叙作品。犯人が同情すべき人物、という点も「コロンボ」にもみられるパターンかと思います。

 

 今回、いろいろ検索して、倉知淳さんも「狭義倒叙」を書いておられることを知りました。「皇帝と拳銃と」。思わず、少年漫画「ジョジョの奇妙な冒険 第3部」の「皇帝」のタロットを持つ男を思い出してしまいました。タイトルからして面白そうですが、またしても絶版なので、図書館に予約を入れたいと思います。