真梨幸子さんの「ご用命とあらば、ゆりかごからお墓まで」(幻冬舎)

 

  万両百貨店外商部の上顧客、笠原亜沙美は資産家の家に生まれ、自らも芸能界の新人発掘にたずさわる敏腕ディレクター。亜沙美の月収はプロ野球選手の年俸よりも高いのです。しかし、笠原家は由緒ある家柄ではなく、その莫大な資産は戦後、華族、芳山家の土地、財産を乗っ取ったもの。

 最近まで笠原家の営業担当者はベテランの小日向淑子でした。しかし、淑子は仕事上のミスの責任をとって百貨店をやめ、今では入社三年目にして外商部に異動になってきた若手女子社員、森本歌穂にその仕事が引き継がれています。

  まだ、淑子が担当だった15年ほど前、両親を亡くして天涯孤独の大金持ちとなった亜沙美は、運命の出会いをします。それは、合コンから帰る時に亜沙美の連れの女性がひろったタクシー。ひどい訛りのある運転手を亜沙美は無視していました。しかし、猫を轢きそうになって車をとめ、猫を助けるために車外に出た運転手のルックスに、亜沙美はひきつけられます。長身に、ギリシアの美青年の彫刻を思わせる美貌。年は亜沙美寄り15歳も年下。亜沙美は、半年掛かりで彼を、イギリス帰りの「本物の紳士」に仕立て上げるよう、淑子に依頼します。敏腕な淑子は見事にこの依頼を達成。そして、見違えるような上流紳士に生まれかわった運転手、和臣は亜沙美の夫となったのでした。

 そして、今、亜沙美はまた万両百貨店をとおして、ペットショップ店主になった淑子に特別な依頼をしてきます。それは、15年前助けてペットとなった猫たちのための「ねこつぐら」。藁でできた猫のお休みようのおうちです。やすいものはネットで数千円で買えるのですが、亜沙美の求めているのは、たったひとりのねこつぐら職人が作った特注品でした。

 職人を贈り物攻撃して急がせてつくらせたねこつぐらが完成。その品をもって、淑子は歌穂とともに笠原邸に納品に向かうのですが・・・・・・「第5話 ゾンビ」

 

 

 

 真梨幸子さんの新作は、デパートの外商という特殊な職業を扱ったお仕事小説の連作短編集。

 しかし、「外商」のお仕事が垣間見えるのは、この「ゾンビ」と第4話「イッピン」くらいでしょうか。あとは、外商部期待の男性営業マンが頻繁に顔を表す、万両百貨店のデパ地下、特に洋菓子売り場で起きる事件を描いています。

 

 真梨幸子さんは「イヤミスの女王」と呼ばれていますが、この作品には「イヤミス」っぽさは、かけらもありません。むしろ、コミカルな風味をおびた、ミステリー色のあるお仕事小説です。

 しかし、そこがとても新鮮でした。

 芦沢央さんの「バックステージ」を読んだときにも同じ感想を抱いたのですが、真梨幸子さん、コメディも行けるのでは、というか、コメディが合っているのでは、というのが正直な感想です。

 莫大な人気を誇る同人マンガ誌の作者、カリスマ的な天才ゴスロリ絵師「暗黒姫」の正体とは? そして、それを知った少女「信徒ラグエル」は?

 ほとんど無名に近い少女歌劇団の端役中の端役女優、海野もくずのパトロンを、外商部一のエリート営業ウーマン、大塚佐恵子は見つけ出すことができるのか。

 真向いのバームクーヘン店に人気を奪われっぱなしのデパ地下の洋菓子店に、「さるお得意様のお姫さま」が「社会見学」のためにバイトで働き始めた、という情報がもれ、そのお姫さまはだれか、振り回されるひとびとのお話。

 などなど。どのエピソードも、さりげないユーモアがちりばめられています。そして、「謎」「事件」も、ほんの少し。最後の方になると、大々的に。

 どの話も、何気ない描写が、実は大きな伏線になっているので、要注意なのですが、テンポが良いのでついつい、読み過ごしてしまうでしょう。

 

 あらすじをご紹介した「ゾンビ」は一種の犯罪小説。これだけは、ちょっと「黒い」です。終盤まで読んで「あの犯罪か」と思われるでしょうが、実はもっと暗黒な企みが隠されていて・・・・・・

 これも、いたるところ、伏線だらけ。もちろん、ベテランの営業ウーマンである淑子が「?」と感じたところは、ずばり、わかりやすい伏線です。でも、読み返すと、あっと驚く大きな伏線が。

 

 近年、真梨幸子さんの「イヤミス」は「複雑すぎる叙述ミステリー」であることが多く(祝言島、など)、結末まで読んでもオチがわからず、ネタバレサイトに頼ることもしばしば。もっとスッキリした物語が読みたいと感じていました。ネットでも、主流になりつつあった感想です。真梨幸子さんの本作は、まさに、そんな読者のおもいに応えるかのようです。

 

 しかし、本作のヒロインは誰なのか。若手の歌穂か、外商の”顔”佐恵子か。どちらでしょう。