喜多喜久さんの「マダラ 死を呼ぶ悪魔のアプリ」(集英社文庫)

 

   2018年、10月。ある大学からほど近いアパートの一室で、部屋の主の大学生と、遊びに来ていたらしい友人ふたりの死体が発見されました。凶器はありふれた包丁。侵入者の形跡はなし。どうやら3人の大学生たちは、互いに互いを殺しあったらしい。その割に目だった争いの跡はなく、3人はいわば機械のように淡々と殺しあったようです。

   同月末、高校生の翔吾は、ガールフレンド小春の誕生日にアクセサリーを贈ろうと考えていました。ただ、予算が1万円ほど足りません。そんな時、スマホを開くと、未発表のアプリのモニター募集の広告が。謝礼はちょうど、1万円。心動かされた翔吾は、万一のウィルス感染を恐れて、スマホではなくタブレットに、モニター用のアプリをダウンロード。ちょうど訪ねてきた小春とともに、アプリを開いてみます。どうやらゲームらしい。「マダラ」のロゴのあと、白転する画面。そして丸い光の点滅。翔吾は不気味な浮遊感に襲われます。さらに画面上に、歯のない口を開けて笑い続ける中年男の顔が。画面が暗転し、映し出されたのは赤い細い糸。糸は軌跡を描いて動き、やがて「マダラ」の文字を示して消滅。それだけのアプリ。激しい目まいと、得も言われぬ気分の悪さに襲われた翔吾と小春。

  その日から、翔吾は自分の感情が変化しているのに気づきます。小春が従兄と買い物に出かけたという話を聞いて、異常なまでの嫉妬と怒りに襲われる翔吾。いよいよ小春にプレゼントを渡す日。アプリのモニター代で買ったものだと知って拒否する小春。獰猛な感情が翔吾の中にわきおこり、理性が吹き飛びます。気がつくと、彼はプレゼントとして買ったネックレスで、小春の首を絞め、彼女を殺していたのでした。絶望する翔吾を、4階の階段の踊り場の開いた窓が招きます・・・・・・

 

 

  ジャンル分けするなら、ホラーミステリーというところ。

  しかし、ホラーとしては失敗しています。なにしろ、ちっとも怖くないのです。

  ネット上で、あるいはテレビで、つまり映像化されたアプリ「マダラ」の画面を見た人間が、次々と殺しあいをする物語。というと、「見た者は一週間後に死ぬ呪いのビデオ」を主題にした、鈴木光司さんの名作ホラー「リング」を連想する方も多いかもしれません。「リング」が書かれた時代の「ビデオ」という媒体を現代風に「アプリ」に置き換えた焼き直しのように、紹介文でも書かれています。

  思えば「リング」は本当に怖かった。映画は駄作でしたけど(貞子がテレビ画面から這い出してくる映像の次点で、すでにして大失敗)。私は、基本、「このブログでは、ほんとうに怖い呪い系ホラーは紹介しないようにしよう」と考えているので(理由は単純です。もちろん、そんなものを書いたらそれだけで呪われそうだからです)、「リング」も、小池真理子さんの大傑作ホラー「墓地を見下ろす家」(まじ、怖い。リングよりさらに怖い。大の大人で、夜中にトイレに行けなくなった人が続出)もご紹介していません。

  しかし、この作品には、まったくそんな「ヤバさ」が感じられない。

 

  そもそも、アプリに何か「仕掛けて」殺し合いをさせることが可能なのか。

  この物語でも、やがてある人物が「マダラ」の開発者を突き止め、さらに今までの”被害者”の遺したログから、アプリに仕掛けられた秘密を読み解く、という筋書きになっているのですが、「はたして、そんな”仕掛け”で殺しあいさせられるのか」という疑問がぬぐえません。

  そんなことで、殺人衝動、さらに希死念慮を植え付ける悪のプログラムを「人間の脳にアクセス」させることが可能でしょうか。「霊魂」や「呪い」が介在しているわけでもないのに。

 

  さらに「天に光が満ちる日」が特別な日となるという啓示も、開発者から与えられるのですが、思わせぶり(というほどでもありませんね)なその意味の真実も、それほど驚くものではありません。

 

 やがて、収束していく「マダラ」の脅威。その理由も消極的で、がっかりします。「宇宙」と「殺人」になんの関係があるのかという謎についての解明すらなされていません。

 ホラーミステリーの「ミステリー」としても成功しているとは思えません。

 

  本書を読む前に、書店でパラパラっとみて、解説を茶木則雄さんが書いていらっしゃるとわかった時点で、いやな予感はしていました。茶木さんといえば「このミステリーがすごい」の黎明期から、イベントに関わってきた、有名なミステリーの論客。しかし、近ごろは批評の焦点もぼけ加減で、「ただほめまくる」という活動しかしていらっしゃらない様子。しかも、解説なさっているミステリーがことごとく凡作、あるいは失敗作です。それを、ほめまくる茶木さんには初心に戻っていただきたいです。

 

  作者の喜多喜久さんにも、懸念が。

  「ラブ・ケミストリー」で「このミス大賞」の優秀賞を受賞してデビューされた喜多さん。「ラブ・ケミストリー」はすごかった。なぜ、大賞ではないのかと疑問に思えたほどの、傑作ミステリーです。ミステリーと化学小説、そして恋愛小説の見事な融合。

  それを引き継いだ「猫色ケミストリー」も、また傑作でした。なぜか絶版になっていますが。ミステリー+化学小説+ラブストーリー+入れ替わりSFです。古書店で安く売ってますので、興味のある方はご一読を。

  しかし、その後が問題。8巻くらいまでつづいた「Mr.キュリー」シリーズ。化学者を探偵役にした連作短編シリーズですが、どう見ても東野圭吾さんの「ガリレオ」の単なる「化学」版。長期シリーズとは言っても、宝島社は評価が悪くても「日常の謎」系シリーズは長期化させますので(「珈琲店タレーラン」シリーズがその例)。

 

 そして、初版単行本扱いの作家さんになることなく、初版文庫版の作家さんに転落。長い低迷。この「マダラ」が起死回生の一作になるとは、とても思えません。

  「ラブ・ケミストリー」と「猫色ケミストリー」で見せた「煌めくような謎の輝き」はどこへ消えてしまったのか。

 

  しばらくブランクがあってもいいから、デビュー作と同じレベルの傑作を待ち望みます。