中山七里さんの「ワルツを踊ろう」(幻冬舎)

 

  溝端了衛は39歳。大手外資系金融会社を辞めて、故郷の依田町竜川地区に引っ越してきました。

  しかし、竜川地区は、わずか7戸の家屋が点在する限界集落へと変化していました。地区の住民たちと顔合わせした了衛は、能見という59歳の男が村八分にあっていることを知ります。地区全体が病んでいると感じた了衛は、なんとか、自分の力で、この地区を理想的な田舎に変化させられないだろうかと考えるのでした。と同時に、能見の家から帰る途中、柴犬の子犬を拾い、ヨハンと名付けて飼うことにします。

  了衛が行ったのは、彼の大好きなヨハン・シュトラウスのワルツ「美しく青きドナウ」を、毎朝、スピーカーで竜川じゅうに流すこと。朝のはじまりのひととき、名曲を住民に聞いてもらおうというものでした。しかし、返ってきた反応は苦情の嵐。こんな朝早くから、大音量で音楽を流されては困るというのです。それでも続けていると、スピーカーは何者かに壊されてしまいました。

  その後も住民たちのためにと、ことを企てては失敗する了衛。

  そんな彼が、能見の作った野菜を食べて、その美味しさに驚き、考え付いたのが、住民たちが自家用に作っている無農薬野菜のネット通販。これには、住民たちも賛同し、みなで耕作地を増やして農作にいそしみ、「竜川野菜」ブランドを立ち上げます。次々にネットをとおして入る注文。3日間で70万円以上の売り上げをあげるのですが・・・・・・

 

 

  本のタイトルと、美しい目次、そして途中までの成り行きに多くの人は小説の内容を誤解するでしょう。

  都会から田舎に帰った青年が、偏狭な住民たちの心を溶かし、村おこしに成功する話だ、と。

  しかし、多くの読者は序盤で早くも感じるはずです。主人公の持つ違和感に。

 

  まず、「自分がこの地区を生まれかわらせてやる」と終始、上から目線の主人公。「本を読むのは趣味ではなく、教養だ」と信じ、「教養のない」地区の人々を異人種のような目で見る主人公。同じく、クラシック音楽に素養がないというだけで、住人たちの音楽レベルが低いと決めつけ、自分のクラシック趣味を押し付ける主人公。

  このあたりで、主人公をあまり好きになれないと思う人も出てくるでしょう。

  おまけに、外資系金融会社を辞めたのではなく、クビになったのだという事情も判明。クビになる前に、会社の危機を感じて、転職先を探すも、「一流大学を出た自分が」なぜ中小企業などに就職せねばならないのかというエリート意識が邪魔して、ことごこく就活に失敗。自慢にしていたファイナンシャル・プランナーの資格取得も、じつは3級どまりで挫折。

  そして、第一印象で人の好き嫌いを決めてしまうと覆すことのできない幼稚な社会性、かたくなさ。

 

  ですから「竜川野菜」のネット通販立ち上げの折にも、読者は心配になるはず。

  地元農協や役所へ、話を通しておかなくて大丈夫なのか。

  全国的にどれだけ過去実績があり、現状がどうなっているか、リサーチしなくて良いのか。

  自分たちが売ろうとしているものは、ほんとうに、ターゲットの富裕層が買ってくれるようなものなのか。

 

  ネット通販立ち上げに際して、了衛はホームページに書き込みを始めるのですが、その書き込みの内容が、読み応えあります。怖ろしいことなのですが。

 

  ラスト50ページにわたるグロ描写に目をひそめる方も多いと思います。この部分には何の主張も物語の展開もありません。グロが苦手な方には、読み飛ばすことをおススメします。ただ、読書メーターのレビューに「グロ描写が短すぎる」「たいしてグロくなく、がっかり」というものもあり、浦賀和宏さんの「緋い猫」を読んだときにも同様のコメントを数多く見たことを思い出して、かなり複雑な気分になりました。

 

  唯一、うれしいサプライズが、「魔女は蘇る」「ヒートアップ」に登場する宮條貢平警視長が、ワンシーンだけ登場し、それが有力な伏線になっていること。しかし、この2作を未読の方でも「ワルツを踊ろう」は十分、理解できる内容になっています。