小林泰三さんの「ドロシイ殺し」(東京創元社)

 

  ここはオズの国。国の王女待遇のドロシイはライオンや樵やカカシを連れて散歩中、砂漠に転がるひからびたものを見つけます。水につけると、それはみるみるよみがえり、自分はトカゲのビルだと自己紹介しました。アリスという少女のいる「不思議の国」からやってきて、ぜひともそこへ戻りたいとのこと。ドロシイは、オズの国の女王、オズマのいる宮殿まで行くことを勧め、自らビルの案内をかってでます。

  そのころ、地球の大学院生、井森はビルと不思議の国のことを心配していました。井森は地球におけるビルのアーヴァタール(分身のようなもの)。ビルが死んでしまうと、井森も死んでしまいます。そんな彼が知り合ったのは樹利亜という少女と、ドロシイという少女。ドロシイはドロシイの、樹利亜はオズの宮殿の小間使い、ジェリア・ジャムのアーヴァタールとのことでした。

  ビルが行ってみると、オズの宮殿は沸き立っていました。女王オズマの誕生パーティがあるのです。

 しかし、お祭り騒ぎの中、ジンジャーという少女将軍が殺されます。オズの国には犯罪はないはず。オズマに命じられたジェリア・ジャムが、殺人の捜査にあたるのですが・・・・・・

 

 

  人気ミステリー「アリス殺し」の続々編です。

  そう、間に「クララ殺し」が入ります。なのに、なぜレビューしていないのかというと・・・・・・

  「クララ殺し」がものすごく難解で、3分の1も理解できなかったから。ホフマン世界という世界観そのものが理解できないというのに、その中で行われた殺人の「推理」が理解できるはずもありません。 それで、パスを。ただ、数学的あるいは物理的(シュレディンガーの猫のような)な論理遊びを好む方なら、おそらく3作のうちで一番「クララ殺し」が面白いと感じるのではないかと思います。

  「アリス殺し」のような単純な謎ではないので。・・・・・・とここで、検索して気づいたのですが、私はどうやら「アリス殺し」もレビューしていないようです。確かに、レビューした記憶はあるんですが。

 

  そこで、このミステリーシリーズの世界観を。主人公や登場人物たちがやたら、童話の夢を見ます。夢の世界で殺人事件が起こると現実世界でも、人が死にます。死ぬ人物は童話世界の被害者のアーヴァタール、つまり分身のようなものらしい。それに巻き込まれるのが、大学院生の井森。夢の世界では、間抜けなトカゲのビルとして登場。ビルのように、童話のキャラが間抜けなのに、地球のアーヴァタールがきわめて頭脳明晰というのは、ごく、まれな例です。

  そして、各本のタイトルどおり、アリスが、クララが、そしてドロシーが無残に殺されていきます。時間系列的には

  クララ→ドロシイ→アリス

 となります。 今後、続編が出ようと(出ますように。そして、むずかしくありませんように)「アリス殺し」が最終章なのは確定です。ただ読む順番はアリス→クララ→ドロシイがよいでしょう。

 

  このシリーズ、たいへんに面白いです。特に「不思議の国のアリス」「鏡の国のアリス」にみられる洒脱な会話の応酬によってストーリーが展開していく物語やミステリーが好きな方にはイチオシです。近代のイギリス文学を思わせる雰囲気があります。ただ、難点は、グロ場面が少なからずあること。たとえば、貴志祐介さんの「悪の教典」がグロくて読めなかったという人は要注意です。できれば、誉田哲也さんの姫川玲子シリーズなら余裕で読めますという方におススメ。 

  「ドロシイ殺し」にはボームの原作を読んだ人にはおなじみの、オズの魔法使いや”善き魔女”グリンダと配下の美少女たちも登場し、原作ファンも存分に楽しめる設定になっています。ただ、もうすこしグリンダの存在感が大きくてもよかったような気がします。

 

  「アリス殺し」には深いテーマのようなものはありませんでしたが、本作では普遍的政治学的なテーマが語られます。

  「絶対的に善良で国民を愛する独裁者によって統治される国は、幸福な国か」という命題です。

 

  それから、あとひとつ、クトゥルフ好きの人にはたまらないワンシーンがあります。その点で、小林泰三さんのデビュー作「玩具修理者」も併せてお読みになることをおススメします。