湊かなえさんの「ユートピア」(集英社)

 

  太平洋岸、人口約7千人の港町、鼻崎町。有数の食品メーカー八海水産、略称ハッスイの工場があり、町には古くからの住民、ハッスイの発展とともに引っ越してきた社員とその家族たちが暮らしています。そして、もう一パターンの住民が、町の一角の岬タウンに引っ越してきた芸術家たちの集団。

  菜々子は町生まれで、短大卒業後、町に戻り、結婚した主婦。7歳の娘、久美香は交通事故の後遺症で、歩くことができません。車椅子の生活です。久しぶりに開かれる町の祭りの執行委員会で、菜々子は光稀という都会的な主婦と知り合います。彼女の娘、10歳の彩也子は久美香の友だちでした。祭りの中心的なメンバーになっていくのは、岬タウンに住むすみれという女性。陶芸家です。

  祭りの時に起きた火事で、彩也子は久美香を助けようとして額を負傷。その後、彩也子の書いた「翼をください」という久美香の障害を描いた詩が脚光を浴び、みのりはこの詩と久美香と自作の陶芸ストラップをタイアップさせた「クララの翼」というブランドを立ち上げようと考えます。テレビ会社や東京の出版社にも興味をもたれ、計画はうまくいくかに思われたのですが・・・・・・

 

 

  菜々子、光稀、みのり、というトリプルヒロイン。

 

  一番、光を放っているのは、光稀でしょうか。

  彼女は、都会から町に赴任してきた八海水産社員の夫とともに、移り住んできた新規住人組。数年前、社宅住まいのリーダー的主婦、恵美に誘われて、手作り雑貨を売るプティ・アンジェラという店を他の主婦たちとともに始めます。光稀には、プリザーブド・フラワー作りの趣味があったのでした。

  その後、店はブランド物の高級幼児服の古着を扱うように。

  しかし、恵美の夫が東京に栄転し、恵美が社宅から去ってしまうと、プティ・アンジェラのコンセプトも変わってきたのでした。今では、ちょっとした手作り品、たとえばハンカチにワンポイント刺繍をほどこしたものや、ブランド以外の安価な子供服の古着をもっぱら売るように。

  菜々子と出会ったのは、ちょうどそんなころ。彼女は、おそらく作品中、一番ズタボロになった人物だと思います。

 

  菜々子の温和でありながら、芯の強い性格は集まってくる人々をひきつけるようです。この安定感はどこから来るのか。物語の後半、彼女はあるバッシングを受けるのですが、なぜかあまり心配せずに読んでいられます。しかし、最後の最後で吐露されるその真情。「ユートピア」がどういうものか理解しているところに、地に足のついた女の賢さを感じました。

 

  そして、すみれ。すみれという女を好きになれるかどうかで、物語の感触は大きく変わってくるでしょう。

 

  オビに「善意は悪意よりも怖い」という内容のことが書いてあったそうですが、それほどまでに「怖い善意」を感じることは、残念ながらできませんでした。そして、ユートピアもディストピアもありません。

  いつもの湊かなえさんの作品のように、互いにある意味、利己的な思惑を抱いた女たちの葛藤が描かれているだけ。 

  途中の「誘拐事件」は必要だったのか。

 

  なにより、「善意のユートピア」というテーマの小説の先行作品には、伊藤計劃さんの「ハーモニー」という超傑作SFがあり、その作品を超える内容ではないのに、そのテーマを売りものにするという販売法には疑問が残ります。