東野圭吾さんの「マスカレード・ホテル」(集英社文庫)

 

  山岸尚美は一流ホテル、ホテル・コルテシアのフロント係。経験10年ほど。ある時、上司から、とんでもない話を聞かされます。都内で多発している連続殺人事件の次の犯行場所が、どうやらこのホテルであることが判明したということ。犯行を防ぐために、警察は、ホテルマンや客に変装した警察官たちを、ホテルに潜入させることに決めたということ。

  フロントクラーク役に選ばれたのは、新田浩介警部補。30代半ばの若手です。新田をホテルマンとして教育することになった尚美。ところが、さっそく、身のこなし、身だしなみなど細かいところで、衝突。

  そうしているうちにも、ホテルには次々と客が到着。

  それも、よりによって怪しい客ばかり。

  一見、視覚障害者っぽい、上品な老婦人。しかし、新田は彼女が健常者であると見抜きます。なぜ、障害者のふりを?

ある男を絶対に近づけないでくれといい張る長身の美女。尚美が対応に出たのに、絶対に新田に対応してほしいと食い下がる小太りの男。ホテル側と警察側は緊張しますが、かれらは何の行動も起こさず、翌日、ホテルをチェックアウトしていきました。

  ほんとうに、予告された犯行現場は、ここなのか。犯人は現れるのか・・・・・・

 

 

 まず、最初のシーンからすでに物語世界に引き込まれます。フロントにクレームの電話が入り、助けを求められた尚美がキビキビと対応する一場面。「尚美は優秀なクラークだった」などと書かない当たり、職人芸炸裂です。

 こうして、ある動画のシーンを切り取ったような文章から物語を書き始める作家さんは、実はそれほど多くありません。しかし、東野圭吾さんはこの傾向が顕著です。そのため、読者には「最初から退屈してしまう」という悪い現象がおこりにくいのです。

  反対例をあげれば、恩田陸さんの「蜜蜂と遠雷」。今読みかけて、序盤でストップしているのですが、冒頭に挿入されるピアノコンクールの課題曲一覧表、それに続く風景描写。この変化、アクション性、物語性のない場面のダブルパンチは、真夏の読書にはきついです。読むなという圧力さえ感じます。

 

  尚美と新田のとげとげしい会話が、だんだん柔らかなものへ、そして軽口へと変わっていくのも効果的。これを「二人はだんだん信頼をたかめていった」などと書かれては興ざめもいいところです。しかし実際、そう書く作家さんもいるのです。「白夜行」でも使われたテクニックですが、尚美と新田が互いをどう思っているか、それについての内面的な描写はありません。そのあたり、実に達者だなと思います。

 

  ただ、評価が分かれるのは中盤の展開。怪しい客があらわれては、「無実」が証明されてホテルを去っていく、この繰り返しです。知恵袋などでよく見かけるのが「退屈だ」という意見。実は、私も、「また同じパターンか」と少々、飽きてしまいました。ただ、一方で、この繰り返しをこそ、楽しんでいる読者さんも多いようです。「日常の謎」的な謎ときの「連続短編」を読むような味わいは、確かに好みの方にとってはたまらないでしょう。

 

  それにしても、ただひとつの犯罪のために、これだけ大掛かりな連続殺人という舞台を用意する犯人。

  クリスティの「ABC殺人事件」以上ではないでしょうか。

 

  今回、辛口レビューにするつもりでしたが、けっこう、ほめてしまいました。そこで、わたしの感想をひとつ。悪い作品ではないと思います。ただ「白夜行」をこえた、などという評価は過大評価というべきでしょう。

 

  映画化決まりましたね。新田を木村拓哉さん、尚美を長澤まさみさん。うーん、どちらにも不満があります。新田は鈴木亮平さんのイメージで読んでいたので、鈴木さんにやってほしいです。そして、尚美はできるなら、新垣結衣さんで。尚美に関して描かれた、唯一の外見描写、それは「さわやかな笑顔」です。もう、新垣さんしかいないと思います。そうだとしたら、絶対に観に行くと思うんですが、今のキャストでは観に行くつもりはありません。