小説ではなく、歴史ドキュメンタリーです。

 

   中野京子さんの「マリー・アントワネット 運命の24時間」(朝日新聞出版)

 

   マリー・アントワネットは「ベルバラでも有名なフランス王妃。

 

   ”運命の24時間”とは、彼女が引き起こしたヴァレンヌ逃亡事件のことを指しています。

 

   ヴァレンヌ逃亡事件とは何か。

   バスティーユ陥落で幕を開けたフランス革命から2年後の1791年6月。国王ルイ16世とその家族は、ヴェルサイユからパリのチュイルリー宮殿に移され、半ば軟禁状態にありました。

   6月20日、ルイ16世とマリー・アントワネットは、チュイルリー宮殿から逃げ出し、王党派の強い国境の町、モンメディを目指します。しかし、途中、国境まであとわずかのヴァレンヌで追いつかれ、捕らえられて、パリに送り返されます。これがヴァレンヌ逃亡事件です。この事件を契機に、フランス国民の国王に対する感情は一気に悪化しました。

 

   この逃亡の計画を積極的にたてたのが、王妃マリー・アントワネットの愛人と言われるスウェーデン貴族、ハンス・アクセル・フォン・フェルゼンです。

 

   本書は、ヴァレンヌ逃亡から19年後の、フェルゼンの死から始まり、1791年にさかのぼります。

 

   逃亡計画は実は、もっと早い時期に計画されていたものでした。しかし、ルイ16世の煮え切れない態度と、諸般の事情から6月20日に延期されます。

   逃亡計画はよく練り上げられたものでした。王太子の教育係のトゥルゼル夫人をロシア貴族コルフ夫人として旅券を取り、ルイ16世はその執事、マリー・アントワネットは子どもたちの家庭教師に成りすまします。

 

   首尾よくパリから逃れた後、ルイ16世は、フェルゼンに、これ以上同行しなくていい旨を伝えます。お払い箱にしたのです。ルイ16世は国王、フェルゼンは外国貴族に過ぎませんから、従わないわけにはいきません。

 

   フェルゼンが去ってから、一行を乗せた大型馬車は計画通りの道程をたどります。しかし、一行は、安全よりも快適さを重視します。一行は、たびたび、休憩のために馬車を止め、貴重な時間を費やしてしまいます。

 

   そうこうするうちに、パリでは王の脱出が露見します。チュイルリー宮殿の実質的最高指導者ラファイエットはすぐに追っ手を差し向けます。

 

   追うものと追われるもの、その行く手に待っているものは?

 

  

 

   歴史的事件ですから、読み手はすでに、その結末を知っています。というか、知っていることを前提に書かれています。それでも、この逃亡劇のハラハラ感はハンパないです。

   決して、無謀な計画だったわけではありません。ほぼ同時にパリを脱出した王弟プロヴァンス伯爵夫妻は無事に、国境外に逃げ延びています。

   人間は、重要な局面に立っていても、なかなかそれに気づかず、事態を悪化させることがあるということを思い知らされる気分です。

 

   ところで、私はマリー・アントワネットが嫌いではありません。現在でも、関連展覧会が開催されれば満員になるなど、マリー・アントワネットの人気は日本では意外と高いのではないでしょうか。

   著者はその理由の一つとして、フェルゼンがアントワネットに捧げた愛情を挙げています。アントワネットがただの愚かな浪費家の女なら、フェルゼンほど優れた人間の愛情を長年にわたって繋ぎ止められなかっただろうというのが、中野京子さんの見解です。鋭い意見だと思います。

 

  本書を読んで、しばらく遠ざかっていた歴史関係のノンフィクションなどを、また手に取ってみたいと思いました。

  

   なお本書は「ヴァレンヌ逃亡」というタイトルで文庫化されています。