桜は咲いたけど、花冷えの日が続きますね。
海辺も冬に逆戻りです。
「何者でもない自分が辛い」
というお話を聴きました。
若い頃は、ワタシも、
いろんな「理想の自分」みたいのがあって、
いわゆる「何者か」になりたくて、
いろいろやってきた覚えがあります。
実際、なんだか知らないけど、
その一端が、叶ったことも、
何度かありました。
でもそれ、全部続かず、
つまり「何者か」にはならず、
今に至ります^^;。
続かなかったのは、
根性なしだったから?
向いてなかったから?
飽きっぽかったから?
多分、全部そうかなと思うけど、
続かないことは、
続けなくてよかったことなんじゃないかと、
今は思っています。
でも、それも、
やってみたからわかったことで。
そういうのは向いてないし、
それでやっていくのは、無理なんだなと。
向いてる事や、才能がある事なら、
磨こうとしたり続けていたと思う。
何度か繰り返すうち、
それがやっとわかって、
それ以降は、何者でもない自分を
「このままではいかん。なんとかせねば・・」
みたいに思う事が、
なくなった気がします・
実際、40も半ばを過ぎた頃、
「やることはやった。どうやらスゴい才能とかは、ないみたいなので、
ここから先は、自分にできることでもしてみますか」
みたいな心境になりました。
で、ブログを書き始めたり、
それを読んで、来てくださった方の
お話を聴いたり、自分の話をするお仕事(セッション)を始めたり。
相変わらず、
何者にもなってはいないけど、
それは、還暦の今も続いているし、
少なくとも今は、
これからも続けたいと思ってる。
さらに、算命学に出会って、
自分についての、いろんなことが
わかってからは、
より一層、
人と比べて落ち込む・・みたいなことが
なくなりました。
ワタシは、ワタシらしい幸せを
創っていけばいいと。
この子もワタシの幸せ・・♡
なので、今は、
理想の自分や、
何者かにならなくても、
わかりやすく認められる才能がなくても、
自分にできることをやって、
幸せでいることはできる。
と、思っています。
でもそれも、
「理想の自分」や「何者か」になろうと試行錯誤した
小っ恥ずかしい日々が、あったからこそだとも。
最近読んだ本の、このフレーズを
昔の自分におしえてあげたい。
不幸なのは、
できもしないことをできると思い込まされ
「今のままじゃダメだ」という
強迫観念に追われながら過ごす状態のこと。
〜中田考「どうせ死ぬ この世は遊び 人は皆 」p,143
何者にもならなくていい。
自分らしさを自分で大切にしてあげよう。
と思えるのが、今は幸せ♡。



