「何者か」になりたい問題について。 | 海岸通り通信

海岸通り通信

50代から海辺で、オットとイヌと暮らしています。夫婦共々・個人事業主。
心と身体が健やかで、自分らしくいられる日々を送るための「習慣作り」を探求しています。

 

桜は咲いたけど、花冷えの日が続きますね。

海辺も冬に逆戻りです。

 

「何者でもない自分が辛い」

というお話を聴きました。

 

 

若い頃は、ワタシも、

いろんな「理想の自分」みたいのがあって、

 

いわゆる「何者か」になりたくて、

いろいろやってきた覚えがあります。

 

実際、なんだか知らないけど、

その一端が、叶ったことも、

何度かありました。

 

でもそれ、全部続かず、

つまり「何者か」にはならず、

今に至ります^^;。

 


 

続かなかったのは、

 

根性なしだったから?

向いてなかったから?

飽きっぽかったから?

 

多分、全部そうかなと思うけど、

 

続かないことは、

続けなくてよかったことなんじゃないかと、

今は思っています。

 

でも、それも、

やってみたからわかったことで。

 

そういうのは向いてないし、

それでやっていくのは、無理なんだなと。

 

向いてる事や、才能がある事なら、

磨こうとしたり続けていたと思う。

 

何度か繰り返すうち、

それがやっとわかって、


それ以降は、何者でもない自分を

「このままではいかん。なんとかせねば・・」

みたいに思う事が、

なくなった気がします・

 

 

実際、40も半ばを過ぎた頃、

「やることはやった。どうやらスゴい才能とかは、ないみたいなので、

ここから先は、自分にできることでもしてみますか」

みたいな心境になりました。

 

 

で、ブログを書き始めたり、

それを読んで、来てくださった方の

お話を聴いたり、自分の話をするお仕事(セッション)を始めたり。

 

 

相変わらず、

何者にもなってはいないけど、

それは、還暦の今も続いているし、

少なくとも今は、

これからも続けたいと思ってる。

 

 

さらに、算命学に出会って、

自分についての、いろんなことが

わかってからは、

 

より一層、

人と比べて落ち込む・・みたいなことが

なくなりました。 


ワタシは、ワタシらしい幸せを

創っていけばいいと。

 

 

この子もワタシの幸せ・・♡

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なので、今は、

 

理想の自分や、

何者かにならなくても、

わかりやすく認められる才能がなくても、


自分にできることをやって、

幸せでいることはできる。

 

と、思っています。

 

 

でもそれも、

「理想の自分」や「何者か」になろうと試行錯誤した

小っ恥ずかしい日々が、あったからこそだとも。

 

 

 

 

最近読んだ本の、このフレーズを

昔の自分におしえてあげたい。

 

 

不幸なのは、

できもしないことをできると思い込まされ

「今のままじゃダメだ」という

強迫観念に追われながら過ごす状態のこと。

   〜中田考「どうせ死ぬ この世は遊び 人は皆 」p,143

 

 

 

 

何者にもならなくていい。

自分らしさを自分で大切にしてあげよう。

と思えるのが、今は幸せ♡。