「見た目」で結婚を決めたという母の選択は、間違いではなかったと思う件。 | 海岸通り通信

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50代から海辺で、オットとイヌと暮らしています。夫婦共々・個人事業主。
心と身体が健やかで、自分らしくいられる日々を送るための「習慣作り」を探求しています。

 

最近、自分のこれまでの事を、

いろんな角度から振り返って検証するみたいなことを

ぼちぼち、やってるのですが、

 

育った「家庭環境」という視点で、

自分を振り返ると、

 

 

少なくとも、

10代後半から20代の頃のワタシの中には、

「仲の良い両親」

という記憶は、皆無でした。

 

父の怒鳴り声・・母の仏頂面・・

ダンマリのままの険悪な空気・・なんて事が、

割と、しばしば。

 

今から思うと、

それはそれで、わかるんだけど、

 

まだ大した恋愛経験もなく、

いわゆる「女の子」だったワタシは、

 

ある時、母に、

「なんでパパと結婚したの?」

と、聞きました。

 

すると、彼女は、

「見た目が素敵でピンときたから。」

と答え、

 

続けて、

「でも、男は見た目で選んじゃダメ。」

と、言ったのでした。

 

なるほど、そうなんだ・・と、

思ったのを覚えています。

 

見た目で選ぶと、

仲の良い夫婦には、なれないんだなと。

 

ワタシはそんなことにならないよう

気をつけようと。

 

 
そして時は流れ、
 

今は、

父も母も、80代半ば。

 

こんな時期だけに、

東京にいる彼らには会えず、

時々、電話するくらいだけど、

 

いろいろ不安もある中、

お互いに支え合って、

仲良く穏やかに暮らしてる様子。

 

昔は、口癖のように、

「結婚後もずっと仲の良い夫婦なんていないわよ」

って言ってた母が、今は、

 

「パパが、こんな事をしてくれた」

「こんなことがあって、パパはすごい」

 

と、電話でノロケる始末・笑。

 

まあ、そんなものなのかなあ・・と思いつつ、

 

そんな父と母の、

算命学の相性って、どうだったのかな・・と思い、

改めて、命式を出してみたところ、

今のワタシに読める限りでも、

 

日干が同じ。月と年での干合が2つ。大半会と三合会局。

 

・・・という、要するに、

 

とても気があって結び付きの強い相性ドキドキ

 

もちろん、もう少し細かく見ると、

現実ですれ違う要因も見えてくるんだけど、

それでも、晩年の今、

仲良く助け合って、一緒にいるというのは、

本質的には、つながりの深い相性だったのではないかな・・と

感じています。

 

 

そして、ワタシは思うのです。

 

母が父に決めた理由は、

当時の女性にとっては、

最も大切なポイントだったはずの、

「自分をしっかり養ってくれる相手か?」

ではなく、

「見た目が素敵でピンときたから」

 

 

それは、

間違いではなかった。

のではないかと。

 

 

見た目で選んだ=自分の感覚に正直だった。

 

と、言う事。

 

長く続く結婚生活は、娘から見たら、

「仲の良い夫婦」には見えなくて、

実際、本人たちも、当時はイロイロと思うところも

あったと思うけど、

やっぱり、強い絆で結ばれていたようだった。

 

 

そして、気がつけば、

若い頃に母に「男は見た目で選んじゃダメ」と言われ、

自分は母のようにならないようにしようと思ってた

娘のワタシも、

一目惚れした相手と、結婚してるという・笑。

 

 

 

そもそも、相性なんていうものは、

瞬間的な幸せの上に語られるものじゃなく、

長く続いていく流れの中で、

わかっていく・明らかになっていくもの。

 

その流れに乗るために、

頼りにしていいのは、条件じゃなく

自分の中の「感覚」だと、

ワタシは思う。

 

 

「なぜか、いい感じ」

「なんか、しっくりくる」

というような、

自分の正直な感覚を、

頼りに進んでいくと、

 

イロイロあっても、

結果的には、そのイロイロが、

長いプロセスの中で、

自分にとって必要なことになっていく。

 

 

算命学でいうところの「良い相性」は、

大自然の法則に沿っているので、無理がない。

 

でも、

それを前もって知らなくても、

自分の「感覚」に従っていたら、そうなる・・と

ワタシは思う。

 

そんな、

自分の「正直な感覚」の先にある世界を信頼していくような、

生き方をしていきたいな。

 

仲良く支え合って暮らしてる

老父母を見て、

そんな風に思うのであります。

 

 

5年前、ウチに遊びにきてくれた時も、ラブラブだったもんな・・笑