結論、わたしは何になりたい? | 軽度知的、介護福祉士になる!

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長男小学3年生、ADHDで不注意強め、娘は定型、母はADHD薄めとできの良すぎる夫。

謎がある程度分かった。

それは、

「わたし」が完全に居なかったこと。

逆境につよくて芯が太くて、安定を好まない、

そんなわたし。

思い当たるところがかなりある。

入社してすぐファッション業界をあきらめ、

事務職へ転職するも計算できなすぎて、

間違いすぎて多々言われる。

それでもしばらく事務職を転々とし、

ある時、祖父が亡くなった。

みんな大好きな祖父、

悲しくて冷えきった彼を囲むようにして

家族みんなで囲んで家で雑魚寝した。

そのくらい初めてのことで衝撃だった。

なのに、、、

なのに何もしてあげられなくて、、、

血圧すら前日に測る、なんてことも思いつかない。

会いに行く、そんなこともできなかったじぶん。

大好きなのに。

いつも学校行事、

バレエの発表会には祖父母が居た。嬉しかった。

そんな時、祖父母の自宅の解体命令が政府から通達が来ていてゴタゴタはここから始まった。

お金で言えば、

祖父母のお金は全て一緒に住んでいた叔母が建設に使ってしまい、次女の母にはお金は残らなかった。

祖母はそんな実の長女、

叔母に何も言えないで居た。

それも助けてあげられなかった。

それが悔しくて、介護福祉士になった。

天職だと思ってる。

金銭面で祖母はいじめられてたんだな、

って今なら分かる。

祖母もほどなくして亡くなり、

祖父ほど皆に愛されず亡くなった。

祖母は八方美人を貫いた結果、

聞いてはいないけどおそらくは、

望まないカタチのお葬式となった。

こんな悲しいお葬式はわたしは嫌だ。

だから、転職と思う。

わたしは介助は家族は一切やらないと決めた。

一つのこの家族の経験から、

お金が必ず絡み、恨み、妬みが出てくる。

だから絶対に外部に助けを求めることが介護は必要不可欠。

逆境につよくても芯が強くても、安定を好まなくても、ココだけは譲らない、家族の介護はしない。

この経験、ありがとう!!

わたしは手助けできる、介護福祉士になる!