長々書き連ねております。何度もご訪問くださって有難う御座います。
これでラストです。
〇〇君が亡くなった日が私の○ック勤務最後の日だったことが
必然だったように思えていました。
それは、倒れた〇〇君が目に入った時から感じてました。
あ………と思った直後に
今、きたのか、と。
私は辞めることを〇〇君にも末の叔父にもその時伝えてはいませんでした。
具合が悪かったのも数日前から。 具合が悪くなる少し前には元気な〇〇君と話もしていたのです。 笑いながら話しました。
笑って話していた時からたった数日でこの変わりようなので、
元気がない様子には、本当にそろそろダメかもしれない、と思いましたし、私の思い過ごしであれば良いけど、ともおもっていました。
だったら何故もっと声をかけなかったか?
何故無理矢理にでも病院に早くから連れて行かなかったのか?
そんな想いも頭をよぎりました。
正直、まさか、という本音もありますが
冷たいと思われるかもしれませんが
こればかりはしょうがない事だと不思議と割り切れているのです。
ああすれば良かった、こうすれば良かった、と自分を責めたところで
〇〇君が生き返るわけではありません。
責任逃れと言われようと。
そして、〇〇君ももしかしたら自分はこのまま生涯を終えるのではないか?と
調子が悪くなった頃から感じていたのではないか、と思いました。
3番目の叔父の亡くなる直前と様子が似ていたし
、何よりそれに気づいたのが〇〇君本人だからです。
〇〇君が亡くなった直後は本人も多少は信じられないと思っていたと思いますが
救急車の中での私の問いかけにもう自分の魂が肉体から離れているとわかったと思うのです。
私達に迷惑をかけないように「もういい」と言ってくれたと思いました。
そして、私が○ックを辞めていなければ、母の代わりに病院で付き添っていることも葬儀屋で打ち合わせをすることも
通夜葬式であちこち動き回る事も
すべてが終わり遺品の片付けや長年ゴミ屋敷のようになった家の片付けが出来ませんでした。
今まで母かすべてやっていましたが
年末から心臓の病気に加えて喘息気味でしんどそうなので
私と姉とで手分けして行っています。 姉も仕事をしているので主には私です。
辞めた日を待ってたかのようです。
それと、私に降りてきたご神託「この家と土地を守る」が
〇〇君のおかげでかなりなんとかなりそうです❢
〇〇君が助けてくれた。 助けてくれたというか、
これからも頼むぞ
というお願いも聞くことになりそうです。
頼む、というのは仏壇やお墓の事かな。父方、母方両方の面倒を見る必要がありそうです。
それはそれで大変そう
でも不思議と義務感とか感じないのです。
まだ母がいるので母に聞きながら次は私がやる事になるんだな、と感じています。
小さい頃から誰かが亡くなって、大人達が動く様子を見てきて
後々の面倒を見る大変さも見てきましたが
それは自分の先祖に向き合う、自分の魂の元に向き合う機会を与えてもらえているという事。
正直面倒だな、と思える時もあると思いますが
そんなふうに思うことを罰当たりとも思えず、それも私なんだな、と感じても良いかなと思ってます。
きっと母もそう思いながらやってきたと思うし、
面倒だったり神様の恩恵を受けて有り難いと思えたり
良い面も面倒臭くて嫌になる面も含めて両方受け入れて、日々自分が生きている事が私は感謝出来るようになっています
旧暦の新年のスタートはまさかの展開になりましたが
良いことも良くない事も善悪で見るのではなく、そんな出来事が起こったんだ、と
俯瞰の目で見られるよう穏やかに生きていきたいと思いました。
神様は私が乗り越えられる課題しか与えません。
この先もっと大きな山が待ち構えているとおもいますが
私なら大丈夫
長くなりましたが最後までお付き合いして頂き有難う御座いました。
ぽこ