1963年の作品
これはモラヴィアの原作を
ゴダールが映画化しました
モラヴィアの「軽蔑」と
ミラン クンデラの「存在の耐えられない軽さ」を
高校生の時に読もうとして
何にも理解出来なかったわたしは
そんなのなんで読もうとしてたんやろ
病んでたのかな
ミッシェル ピコリと
ブリジット バルドーの共演です
おかしいな
私はうつくしいものが見たくて
バルドーやドヌーブの映画を観てるのに
いつもミッシェル ピコリがでてくる
ピコリを推してるみたいじゃないか
新婚のラブラブのシーン
しり!おしり!バルドーのおしり!
顔は不貞腐れてるのに
姿勢が抜群にいいバルドー
バレエで鍛え抜かれた背中とお尻きれいです
それで
私の肩、すき?
にはじまり
あらゆるパーツが好きかとポールに聞くカミーユ
いいねー
そんなの男に聞く勇気もったことないわ
それで笑ったのがこのシーン
でしょうねー
答えてあげるだけやさしいわ
2個イチでしょうよ![]()
ポールは戯作の脚本家です
お金に困窮してるんですが
そんな時にアメリカ人プロデューサー
プロコシュから
「オデッセイア」の脚本をやらないか
とスカウトを受けます
ギリシャ悲劇のストーリーだけど
抽象的すぎて大衆ウケしないから
バカでもわかるように色をつけてくれ、
というオーダー
妻との暮らしを守るため引き受けたポールは
アメリカの商業主義に誇りを売り渡した男
という風にカミーユには理解されます
この話を引き受けて
さらにカミーユを気にいるプロコシュと彼女が
2人きりになるのもあえてすすめているかのよう
カミーユが嫌がっていても
まあいいじゃん、で妻を差し出します
ネイビーで統一されたスタイルにボーダーのインナー
太いヘアバンドにブロンド
うつくしい。。日本人にはむり。
このメイクもギリギリだよね。。
いいじゃんプロコシュと車で行けば
僕は後からタクでいくからさ
ていうシーン↓
観念的には妻を売った瞬間です
そこから不機嫌になるカミーユ
でもポールはカミーユが何に苛ついているのか
理解出来ません
もう愛してないの
あなたを軽蔑してる
だから夜は別々に寝るわ
そう宣言するカミーユ
このバッサバサのアップヘアは
ねこ毛の白人じゃないとできない
撮影のためにカプリに行くことになるけど
不仲は隠していちおう2人ででかけます
こういうところヨーロッパよね
しかしここでも
孤島での撮影に
ポールは残り
カミーユにプロコシュと帰るよう
船に押し込みます
その後
カミーユの「軽蔑」の意味に気づいたポールは
いそいで孤島からメゾンに戻るんだけど
そこでカミーユとプロコシュが
キスしているのを見てしまいます
問い詰めても開き直り
もうあなたを愛していない
の一辺倒
ポールは追い詰められて
脚本の仕事を断ると宣言するけれど
カミーユのこころはもう戻りません
プロコシュの赤いコンバーチブルで
ローマに向かう旅に出たカミーユ
(なんで映画のフランス人はみんなローマにいこうとするんだろう??)
ガススタを出たところを
トラックの多重に事故に巻き込まれて
2人とも即死します
オワリ!!
観念的でとっても難解
日本的な許して待つとか
言わなくてもわかってるとか
そういう結果的に
女だけが我慢して
バカな男を甘やかしてるだけの
恋愛スキームゼロの世界
全部言語化!
コンテクスト不要!
自我自我自我!
そしてやっぱり
男と女はわかりあえない
ものすごく湿っぽくて陰気臭い話なのに
色彩がビビットで迷いがなくて
そのコントラストに
息をするのを忘れそうになる












