皆さま、ごぶさたしています。
ダンボです。
ダンボと仲間たちの「笑えるラブレター」


一回死んでから (笑)、長い間ブログを更新していなくてすみません<(_ _)>
「ダンボ、生きとるか~!」って、ご心配をおかけしてしていたかもしれませんね。
ごめんなさい!

はい!元気に生きてます音譜


でもあの時、本当に死んだんですドクロ
なぜ死んだのか……というと、直接の原因はですね。

実は…

吉本新喜劇の作家オーディションに落ちたからです!(笑)

インガスンガスン!!(笑)


昨年、作家オーディションがあると聞きまして
急に「受けよう!」と思いついて
生まれて初めて、吉本新喜劇の脚本を書いてみたんです。

で、思いがけず1次審査に受かったのでびっくり!叫び
それで頑張って、2次審査用の脚本とプロットを書いて送ったんですが…

結局、ダメでした汗


でもね、不合格になって初めて気づいたんですが
そのこと自体は、そんなにショックではなかったんです。
たぶん私、そんなに吉本新喜劇の作家になりたいとは思ってなかったんだと思います。

もちろん新喜劇を見るのは大好きですし、
私はコメディ作家になりたいとずっと思っていたので
一瞬、「これはいい考えだ!」って思ったのですが、

吉本新喜劇を書くことが、はたして私が得意か?って考えると
全然そうじゃないし

多分、もし合格できてしまったら、すご~く頑張って、すご~く無理しなくちゃいけないな~と
どこかで解っていた気もします。

だから落ちたことで、ホっとした部分もありましたあせる

じゃあ、どうして私は、吉本新喜劇の作家になりたいと思ったのか?


…てなわけで、不合格になった後で、私は自分の心の動きを、しっかり見つめてみることにしました。
するとあることに気づいたんです。

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私は、とにかく、「一流の脚本家」になりたかったんです。
私は、昨年からとくに、「一流の脚本家になるために、努力しよう」
と決めていました。

この場合の「一流」とは、
「沢山の方を楽しませ、みんなに喜ばれ、その仕事で喰っていくことができる脚本家」
というイメージだったと思います。

そうなるために一番手っ取り早いのは、「メジャーな劇団」で書くことだと
その時の私の心は、判断したんだと思います。


その証拠に…またまたぶっちゃけトークをしますが

私は昨年、宝塚歌劇団の演出助手の試験も受けてもいました。

1次であっさり落ちましたが(笑)汗


その時も、すでに書類を用意している時点で思ったんです。

「私、宝塚を観るのは、すっごく好きだけど
多分、宝塚の演出助手には向いてないな~」って

宝塚は、演出と脚本を同じ方がすることが多いんですが
どちらかといえば、脚本家としてよりも、演出家としてこだわりのある方がされた方がいいんじゃないか、
と私は思っています。
(宝塚は「美しさキラキラ」が大切な劇団なんで、「作品や、スターさんの見せ方」がすごく重要になってくるからです)


でも私は、脚本は書きたいと思うけど、演出が出来るとは全く思えません。

にもかかわらず、一瞬、「宝塚の演出助手になりたい!」と思ってしまった。

理由はやっぱり「メジャーになりたいから」だったと思います。


よーく考えたら、「宝塚歌劇団」よりも、「吉本新喜劇」よりも
今私が所属している「劇団てん」 に居る自分の方が
ず~っとず~っとしっくりくるのに

「劇団てん」は絶対に辞めたくないと思っているのに

「メジャーな団体に所属したら、有名になって喰えるんじゃないか」
「メジャーな団体に喰わせてもらおう」


と思ってしまっていました。

「私は、私自身の力で才能を発揮し、仕事をいただき、自立できる」
って信じられていなかったんですね。

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「自分で自分の才能を信じていないこと」


これが一番の問題だって、今回の件でわかりました。

そのことに気づくために、宝塚だけでは飽き足らず、吉本新喜劇までも落ちたのです(笑)


じゃあなぜ、自分が才能が無いなんて思うの?
その根拠は何?


私はさらに自分の心を深く、ふか~く見つめてみました。

すると、私の心の中に、
小さい頃、バレエを頑張っていた時の私が現れました。
その子は、こんなふうに、私に訴えてきました↓


小学校低学年ダンボ「だってね、お母さんが、バレエで同じクラスのMちゃんのこと、『羨ましいわ』って              言ったんだもん!
             『Mちゃんはいいわね。バレエも上手だし、お勉強も良くできるし』って。

             Mちゃんは大きくなってから、有名なバレリーナになったでしょう?
             だから私も脚本の世界で頑張って、Mちゃんレベルの、すごい人にならなきゃいけ             ないの」


私は、小さい私と話してみました。


ダンボ「でも、それって苦しくない?
    Mちゃんみたいになりたいって思うことは、あなた自身じゃダメだっていうことなのよ。
    いつだって、自分に無理を強いてしまうことになるのよ」


小学校低学年ダンボ「うん。ずっと苦しかった。
             私、ずっと自分に才能が無いことに絶望してた。
             そして、なんとかしてMちゃんレベルに成長しなくちゃいけないって思ってた」



ダンボ「Mちゃんレベルって何?
    どうしてあなたの出来るレベルじゃいけないの?」

小学校低学年ダンボ「だって、お母さんが。Mちゃんになりなさいって…」


ダンボ「違うわよ。お母さんは、『Mちゃんになりなさい』なんて一言も言ってないわよ。
    ただあの時、『羨ましいわ』って、何気な~く感想を言っただけなの。
    深い意味は無かったの。
    あなたはあなたの良さがあるって、ちゃんと、お母さんはわかってるからね」



小学校低学年ダンボ「うそうそ!
            お母さんは、Mちゃんレベルじゃないと認めないよ!
            お母さんは、私に、Mちゃんみたいに有名になって欲しいんだよ!
            だから私、Mちゃんみたいになろうと思って、今までずっと頑張ってきたんだよ。
            有名になるために、宝塚も新喜劇も挑戦してあげたんだよ!」


ダンボ「でも、宝塚も新喜劇も落ちたでしょ。自分でも向いてないってわかったでしょ?」

小学校低学年ダンボ「うん…
            だからもう私は…どうしたら良いかわからないよ~(涙)」

ダンボ「はっきり言うわ。あなたはMちゃんみたいには、絶対になれません!」

小学校低学年ダンボ「ええ~~っ!!(涙)」

ダンボ「だから『Mちゃんみたいに有名になろう』と思って行動するということ自体、間違っているの。
    結果的に有名になるのはいいけどね、どうしても有名にならなきゃいけない!
    というふうに考えるのは間違いよ」


小学校低学年ダンボ「でも、お母さんが…お母さんが……(涙)」

ダンボ「いい?小さいダンボちゃん。あなたのお母さんは、有名になりなさいなんて一言も言ってませ      ん!」

小学校低学年ダンボ「言ったもん!」

ダンボ「言ってない!
    確かにお母さんは、あなたが経済的に自立できることを望んでいるわ。
    それは親として当然のことでしょ。
    でも有名になるということと、経済的なことは別。
    有名にならなくても、喰っていけている人はいっぱいいるわ。

    まずは有名になることを考えるんじゃなくて、自分が持ってる才能に感謝してあげて、
    自分の才能を正しく使う方法を考えるのよ。
    それが『仕事をする』ってことよ。
    わかった?私も一緒に考えてあげるから…」

小学校低学年ダンボ「いやだいやだいやだ!
          Mちゃんになりたい!
          お母さんを喜ばせたい!!
          そのために私は、30年間ぐらい、ずっと頑張って、
          無理!って思うことにも挑戦して、
          必死になって努力してきたのに!」
          
          Mちゃんになれないだなんて!そんなのひどすぎる!」



ダンボ「かわいそうに…それだけ努力してしまうほど
    お母さんが大好きだったんだね」


小学校低学年ダンボ「ううううううう……うえ~ん!(泣)汗」

ダンボ「でも、もう努力は必要ないのよ。無理なことはしなくていいの。
    あなたはあなたのままでいいの。
    あきらめなさい。Mちゃんになれないことをあきらめなさい」

小学校低学年ダンボ「いや~だ~!あきらめたくない!」

ダンボ「あきらめなさい!あきらめるのよ!」

小学校低学年ダンボ「いやあ~だああああああ~!!」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
小学校低学年ダンボは、いっぱい泣きました汗

泣いて泣いて泣いて、ようやく
「私はMちゃんにはなれない」「私は私でしかいられない」ってことを、受け入れたようでした。


これが、この前私が、「一度死んだ」 理由です(笑)

いや~、30年間ぐらいの私の努力の方向性が、全部間違っていた、って気づいたことは、本当にショックでした叫び(笑)

私は今までずっと、母との葛藤を感じてきましたが、
その根っこには、この「Mちゃんになりたい問題」(笑)がずっとあったのだと思います。

まだ小さかった私は、自分の意志で
「お母さんを喜ばせたいから、Mちゃんみたいにすごい人になってあげよう音譜」
と思っただけなのに

「お母さんにそう強いられた」って、どこかで勘違いしてしまっていたんですね。

だから、日常生活で母に言われることがいちいち、ムカついたり悲しかったりしたんです汗

「こんなにしんどいことを私に強いているのに、このうえ、さらに文句を言いやがるのか!ドンッ」って思っていたんです。

でも、もう謎が解けました。

その証拠に、「一度死んだ」後の私は、母との葛藤をほとんど、感じなくなっています。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

今までの私の努力の方向性が全部間違っていたと思うことは

私の生き方を強烈に、リセットさせました。


私は頭が真っ白になりました。


私は自由になったと同時に

自由すぎて落ち込みました。


これからどうやって生きて行ったらいいんだろう?と思いました。

Mちゃんを意識していない
本来の私は

いったい、どうなりたいの?


そしてある時、

ふと、閃いた思いは

「そうだ、心理セラピストになろう」ということでした。

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私が、中学生ぐらいから興味を持ち
今までずっと、大好きである心理学。

心理学は私の心を助けてくれて、
よりお客様の共感を得ることのできる、脚本創りのヒントもくれましたが

私は今まで、それを仕事にしようとは考えたことはありませんでした。

なぜなら、私は「脚本家として」、なにがなんでも一流になりたいと思っていたからです。


でも今回、その「一流の脚本家にこだわる思い」の根底に、
「Mちゃんになりたい」という思いがあったと気づいたので

ようやく、ガッチガッチだった脚本家への思いを、
ほんの少し、ゆるめることができたのです。


その時、「脚本家」としての活動と「心理セラピスト」としての活動を
同時進行でやっている自分のイメージが沸きました。

その二つはきっと、私にとって、同じ脳、というか、感覚の使い方をする作業だ、と思いました。

どちらも「誰かの心の声を聴く耳」作業であり

「誰かの、新しい人生のストーリーを創るためのお手伝いをする音譜」作業だからです。

今までだって私は
「観てくださったお客様の心が癒されるような脚本を書きたいクローバー」

と、ずっとずっと思っていました。

その考え方は、セラピストにきっと近かったのだろうな、と思いました。

最近の私が、ハーモニードリームランドプロジェクト で
心理学を題材にしたミュージカルの脚本を書いたり

なぜか、いろんな講座に行ってしまって、
素敵なセラピストさんたちとのご縁がどんどん広がってきていた理由が
ようやくわかってきました。

私は知らず知らずのうちに
こっちの方向に導かれてきたんだな、と思いました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

そんなわけで、つい最近私は、心理セラピストになるための勉強を、本格的に始めました。

もちろんまだ、セラピストとしての活動はしていません。

でも、私なりの決意表明として

今日から「ワクワク妄想系脚本家」という肩書きを

「ワクワク妄想系セラピスト脚本家」に変えます。
(ブログのニックネームも変えました)

ま、どっちにしろ、わけわかめな肩書きなんですけど(笑)にひひ

でもなぜか、今の私にとってはこの肩書き、とってもしっくりくるのです。


ダンボは、「一度死んだ」ことにより
生まれ変わりました!ニコニコ

まずは私自身が、もっと自由に
幸せな人生を生きていきます音譜


そしてこれからは、
もっともっと、「あなたの中のいろんなあなた」にラブレターを送りラブレター
あなたが「新しい、楽しい人生を創るため音譜」のお手伝いをできる人になりたいな、
と思っています。

どうぞこれからも、よろしくお願いいたします!ニコニコ

長い記事を読んでくださって、ありがとうございました!<(_ _)>


ダンボ