珍しく母の写真を撮り忘れてしまった。

 

いつもの散歩コースだったけど、

 

いろいろ話しながら歩いたため、

 

話に熱中したんです。

 

今回は夫がいなくて母と私だったので、

 

母も本音の本音を語り、

 

私もしっかりと聞いてきました。

 

「死ぬときはやっぱり家で死にたい」

 

それが母の希望だと判明。

 

今までそんなこと言った事なかったのに、

 

ふいに言い出したんです。

 

「知らん人の中で死にとうない」

 

このまま施設で死ぬのは嫌だと言う。

 

もちろん病院で死ぬのは論外。

 

う~ん、そうなのか~

 

自分の家という住み慣れた場所への愛着。

 

家族からの愛情。

 

愛に包まれて死にたいという気持ちはわかる。

 

それならそうしようか。

 

死ぬ時くらい家に帰るのもいいかも。

 

死の時期を見極めるのは難しいけど、

 

その時になったら家に帰ることにしました。

 

とは言っても成り行きまかせ。

 

帰れるようなら家に連れて帰ろうと思います。

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そして母いわく。

 

「長生きするんも考えもんや」

 

「無為な日が続くんはツライもんや」

 

と、しみじみしてました。

 

こうやって散歩ができるありがたさも、

 

外気を味わう心地よさも、

 

自然を眺める喜びも、

 

ピンとこないらしい。

 

虚しさの方が勝るらしい。

 

楽しむ事では満足できないタイプなんです。

 

私もそれは同じ。

 

少しでも有意義なことをしないと満たされない。

 

草抜きでも料理でもいいんです。

 

何かをちゃんとやった達成感が欲しい。

 

親娘だから同じ嗜好なんでしょうね。

 

母を見ていると、

 

年をとるのは大変だな~と感じる。

 

死ぬのも大変そうだ。

 

そして我々は最後に「死」という大仕事をこなさなければならないんですよね~

 

私自身の死はどんな形で訪れるんだろう?

 

想像したって無駄なのに、

 

ついつい考えこんでしまいます。。