母の世話をしていて思う。

 

高齢者の場合だけかもしれないけど、

 

生きていて最も大切なのは、

 

トイレに行けること。

 

自力で排泄できることではないだろうか。

 

尊厳という言葉がなんども浮かぶ。

 

母は今や甘い物ならいくらでも食べるけれど、

 

食事はごく少量しか食べない。

 

私はそれを修正しようと思わない。

 

栄養バランスなんか、

 

この際どうでもいい気がする。

 

喜び、悲しみ、寂しさ、不安。

 

その手の感情だけはしっかり残っているけれど、

 

体を自分でコントロールできず、

 

脳も半分がた自力でコントロールできない今。

 

最も大切なのは排便排尿。

 

おむつの世話にならず、

 

自力でトイレコントロールできることが、

 

他の何よりも、

 

自分を支える力になる気がする。

 

それにしても長生きはしたくないものだ。

 

日々ますます痛切に思うようになりました。

 

悲観的すぎるでしょうか?

 

母を見ていると、

 

私が側にいても、

 

ずっと不安が付きまとっているんです。

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心もとなさ、だろうか。

 

先行きが見えないからだろうか。

 

こんな自分を許せないのだろうか。

 

感情を揺さぶるこの不安だけはそれぞれが自分で抱えるしかない。

 

不安をどう受け止めて、どう解消するか。

 

誰かがどんなに優しく手を差し伸べてくれても、

 

不安は自分の心の問題だから、

 

誰にも手を貸してもらえない。

 

自分でなんとか向き合うしかない。

 

過酷なものだと感じています。

 

人の手を借りるようになっても、

 

頭脳だけは明晰でいたい。

 

今は切実にそう願うけれど、

 

これは甘すぎる願いなのかもしれません。

 

年を取るってほんとに悲しいことですね。。