時は春。
 
河津桜は咲き終わり、緋寒桜も咲き始めたのに、
 
私の心は暗く冷たい冬のままです。
 
心にずっしりと重い物が溜まってるんです。
 
ちょうど心臓のあたりに、にぶい痛みがある感じ。
 
生きていれば誰だって多少は重い物を抱えているかもしれませんね。
 
重い物のひとつは間近に迫ったメディカルライブ。
 
これは楽しさをはらんだ重苦しさです。
 
もうひとつ、
 
ずっしりとくる重苦しさは母。
 
ロングショートステイ中の母に、

 

夫が会いに行ってくれました。

 

今は東京にもどったから行けないけど、

 

実家にいた間は私も行くつもりでした。

 

でも行きたいわけではなかった。

 

親をこんなところに入れて・・と文句を言われるに違いないし、

 

怒ってそっぽを向き、

 

私とは話そうとしないかもしれない。

 

母にとって、

 

親を施設に入居させるなんて、

 

娘として、あってはならないことなんです。

 

それでも面会に行かなければって思っていたのですが、

 

施設の人が来ない方がいいと言ったんです。

 

私と会ったら、母が帰ると言うに違いない。

 

「帰ると言われて拒否できる自信がありますか?」

 

自信ありません。

 

母に押し切られる可能性が大きい。

 

「だから来ない方がいいです」

 

「しばらくは顔を見せないでください」と言われて、

 

夫がひとりで行ってくれてるんです。

 

他人である夫が相手なら母も理性が働く。

 

帰りたい感情を抑えることができる。

 

人間の距離感ってすごいもんですね。

 

本能的なものなんでしょうか。

 

そして母に会ってきた夫いわく、

 

「記憶力には問題があるけど、お母さんの観察眼は正常だね」

 

母がロングショートステイしているのは、

 

デイサービスをしている施設です。

 

だから昼間はいろんな人が集まってくる。

 

その人たちは「無気力だ」と母が言ったらしい。

 

誰も笑わないし、冗談も言わない。

 

話も通り一遍の表面的なものに終始し、

 

「一緒に居ても面白くない」と言ったらしい。

 

そうだろうと思う。

 

夫は母を気の毒がっていたけれど、

 

一緒に居て楽しい人なんて、

 

そうそう居るわけがない。

 

自分が面白い人になって周囲を楽しませるしか方法がない気がする。

 

母にも分かっていると思うんだけど、

 

母は仲良し友達の多い人だったから、

 

そういう出会いを期待する気持ちが残っているのかもしれない。

 

でも本当は母にだって分かっている。

 

気持ちが通い合い、

 

心が溶けあうような友人に、

 

そんなに出会えるはずがない。

 

そういう人って何より貴重な存在ですよね。

 

人生で最も大切なのは、そういう友人の存在だと思う。

 

夫のことも、もっと大事にしなくちゃいけませんね(笑)

分かってはいるんですけど、

 

つい。。。(笑)

 

でも、まあ、素の自分を見せられて、

 

遠慮もせずに生の感情をぶつけられるのが

 

夫婦の良さかもしれないし。。

 

無になってつながれる関係。

無って好きな言葉です。

 

何もないという意味での無そのものは怖いけど、

 

無の中には無限の有が含まれている気もする。

 

自分を無にして人とかかわる。

 

それが最近の私の目標です。

 

ぜんぜん出来ていませんけど(笑)