こんにちは。今日はまた、とっても蒸し暑かったですね。
神戸元町サロン・セレニティ、ドテラアロマでDr.Mom のゆうこです。
またまたドテラ、横浜コンベンションからの報告なのですが、
ドテラでは、今、ネパールでの社会貢献を大きな規模で進めています。
学校を作ったり、女の子の人権が守られる活動、そして、実際に
今でも行われている人身売買を防ぐ活動をしています。

貧困などが理由で、子供たちが売られ、その後は性産業や過酷な労働を
強いられる生活が待っています。
ドテラはそんな子供たちを救うべく、地元の人権団体と協力して、
人身売買を防ぐ活動をしています。
その話を聞いた時に、わたしは、本当に本当に心から、ネパールの子供たちを
助けたい!!と思いました。
その理由が、自分の昔の体験と重なったからなのですが・・・
お恥ずかしながら、わたしの両親は、昔からとても不仲の関係でした。
私が小さいころから、ずっと喧嘩をしていた覚えがあります。
車の助手席に母が乗っていること、仲良く二人が話しているところは、
物心ついてからは覚えがありません。
ある晩、夜ご飯を前に、「いただきます」のタイミングで喧嘩が始まりました。
母の一言に、父が激怒しました。
綺麗に盛られたサラダのガラスボウルが、宙を舞いました。
サラダが飛び散り、ガラスが割れて、私は怖くなって家を飛び出しました。
小学校3年生の時でした。
マンションのロビーまで降りて、道路まで出たのですが、暗い通りに私の足は止まりました。
3年生の私に、行くあてはどこにもないのです。
自分の無力さに途方に暮れて、星空を眺めていました。
その時に思ったのです。
「誰か大人の人が、あの二人の喧嘩を止めてくれたらいいのに。
奇跡が起きて、誰かわたしを言い争いのない場所に連れて行ってくれたらいいのに」
そう思っていた時に、迎えに来てくれたのは、2歳上の姉でした。
「帰ろう。」 低い声の促しに、私たち二人は、両親のいる家に戻りました。
あの夜のことは今でも鮮明に覚えているのです。
あのサラダボウルも、星空も、あの時の気持ちも、姉の声も。
ネパールの子供の事を知ったとき、その時を思い出したのです。
子供たちも、「奇跡が起きて、大人の人が無力な自分を助け出してくれないだろうか」
そう願っているんじゃないかと思って、いてもたってもいられなくなります。
もちろん、私の境遇なんて、ネパールの子供たちの比ではないのだけれど、
無力感からの絶望なんて、子供のころに感じるものじゃない。
子供は、守られて、愛されて、笑っているべきなんだ。
だから、私はもっともっとドテラに貢献したいと思います。
たくさんの人にドテラを伝えて、ドテラの売り上げに貢献したい。
そうしたら、その売り上げから、ネパールの子供への支援が行われる。
そして、自分のドテラの売り上げも上げて、お給料も増やして、
飛行機代も自分で出して、ネパールの子供たちを助けに行きたい。
何もできなくても、ただ、抱きしめてあげたい。
大人は、子供を傷つけるためにいるんじゃなくて、守るためにいるんだ
ってことを伝えたい。

私の中で、なぜ周りの人にドテラを伝えているのか、もう一つ理由が増えました。
家族の幸せのため、身近な人の幸せのため、そしてネパールの子供たちの幸せのため。

誰かのためなら、もっと強くなれる、そんな時がありますね。
大人になった今、私には出来ることがいっぱいある。
だから、自分に出来る精一杯を、人生で全力で行おうと思う。
今日は個人的な話を最後まで読んでくださってありがとうございます。
世界中の子供が幸せで、そして大人も幸せな世界になりますように。
みなさんの幸せも、心からお祈りしています。
神戸元町サロン・セレニティ
エッセンシャルライフ・デザイナーズ協会