15年前。

1人目が生まれて私は

初めて子育てを経験することになった。



初めてなので、何もわからない。


わからないから、育児書を読む。


育児書は時に便利なものであり、

時に私を苦しめた。


育児書通りにいっていないと不安になったり、

他の子と比べてまた更に落ち込んだり。



おっとりとした子を見て、

息子がやんちゃなのは

私がガサツに育ててるからだと悩んだり。



また、

見ず知らずの通り掛かりの他人も

言うんですよね。


「あらあら、お母さん。

これくらいの子はみんなオムツ外れてるわよ。」


とか


「あら、ずいぶん小さいのね。

ちゃんとおっぱい出てる?」


とか。



悪気なく吐き出してる言葉なんだろうけど

(今なら受け流せる)、

子育てにいっぱいいっぱいで、

初めての経験だったから、

いっぱい傷ついて辛かった。




その後、次男が生まれ。


三男も生まれ。


そして、わかったことがある。



3人とも私が生み、

同じように育てたけど


ぜんっぜん、タイプが違う!


オムツが外れるのか遅かろうが

体が小さかろうが


10年以上経った今

そんなこと何も関係ないし。




同じようにと書いたけど、

長男だけは

やたらと育児書通りに頑張った子育てをしてきたから

多少は違うかも。

でも、そんなん言うたら、

三男なんて育児スキルがあがってから育ててるけど、

その効果はあまり感じないしな。




今だからわかるけど、

私の育て方云々じゃなく、

持って生まれた性質っていうものがある。


それが個性ってものじゃないかな。


時々思う。


私以外の人がこの子を育てたら、

どんな子に育ったんだろうって。


でも、そんなものタラレバ。


大枠は大体決まってるんだと思う。




同じ家にいて、同じ本の存在を見ていても、

それを手に取る子もいれば、

見向きもしない子もいる。




同じようにモノを教えても、

多くを知る子もいれば、

言ったことだけを学習する子、

全く耳に届かない子もいる。



きちんとものを片付けできる子もいれば、

そこら辺にものを散乱させてる子もいる。



ほんっと、三人とも違う。


当たり前なんだけど。



で、私が親としてしちゃいけないのは、

その3人を比較しないということ。



それぞれ1人の人間としてみて、

その存在を認めること。


兄弟なのに同じようにできないと

嘆かないこと。



もし、

4人目が生まれていたらどんな子に育ったか。


また違うタイプの子だったに違いない。


みんな違うから面白いと思える

肝っ玉を持った子育てをしたいなぁと思う。