発達障がいを疑われているけれど、まだ診断には至らない高IQの小2三男の話です。
三男は春から支援級と普通級に在籍しています。
去年までの三男
【授業】授業を受ける→飽きる→暇→好きな本を読んで過ごす。
【連絡帳】みんなは朝登校したらすぐに書く。三男は朝書けない→好きな時間に書いていい。
【掃除】チャイムがなってもずっと外で遊び続けて掃除をしない。
授業中については、知的欲求が満たされていないから暇をもて余していて、うろうろする。
うろうろされるよりは、座って本を読んでいる方がみんなにも迷惑がかからないしと、前担任と私で三男に認めたこと。
連絡帳については、眼球の動きの鈍さから、板書することに時間がかかる。
なので、前担任は「朝書かなくても帰るまでに書ければいいよ」と言ってくれていて、居残りして連絡帳を書いていました。
掃除は「三男くんだから仕方ない」と暗黙に思われていたのか、チャイムがなっても遊び続けることを誰も注意はせず、前担任も何も声かけておらず、掃除は暗黙的に免除?のような形になっていました。
それらが、2年生になって一転!
【連絡帳】必ず朝書きます。但し、人よりも書き写すことに時間も労力も使うので、書く量を減らす。
三男はこのことだけを書けばいいと決めてくれていて、それ以外のことは支援級の先生が私への申し送りノートに書いてくれることになりました。
【授業】国語と算数だけ支援級で受けてます。
内容は、皆が45分でやっている課題を10~15分で終わらせ、間にトランポリンなどリハビリを入れ、後半は学年を越えた内容の勉強をさせてもらっているそうです。
【掃除】チャイムが鳴ったら掃除場所に行き、掃除をする。
持ち場は固定。
やらないといけないことは、やらないといけない。
以前、小児神経科の専門医の診察を受けたときのこと。
先生から三男にこんな問いかけがありました。
「授業中に好きな本を読むことってどうなの?みんな授業を受けてるのに、その時間、君だけ好きな本を読んでるのってどう思う?授業中だよね。」
それに対して
「おかしいと思うし、ずるいことだと思う。」
と答えてたんです。
小児神経科の専門医師は
「だよね。先に終わって暇なら、本を読むんじゃなくて、他のドリルでもいいから、みんなと同じく勉強をしたらどうかな?」
と提案してくれました。
そして、今回。
「おれ、ちゃんと授業受けてんねんで。支援級の時は早く終わったらトランポリンとかやんねん。で、クイズみたいな問題(学年を越えた勉強)を解くねん。」
「おれはここの廊下の雑巾当番やねん。皆が歩くところだから、ピカピカにしなあかんねんけど、毎日拭いてもすぐに汚れるねん。」
「連絡帳、みんなと同じに朝に書いてんねんで。」
みんなと同じことができることが、三男にとっては嬉しいことだったようです。
「できないならやらないでいい。」
これは優しさではなかった。
「できないなら、できることをやる。」
これが三男に必要だったことだと知りました。
勉強も知的欲求を満たすことだけではなく、まずは皆がやってる課題をこなす。
それが終われば、学年を越えた勉強をさせてもらえる。
学年を越えた勉強は、三男にとってはクイズのように面白いもののようです。
やらないといけないこともやってるし、自分の欲求も満たされる。
朝の連絡帳書きも
「先生が、みんなも朝書いているんだから、君も朝に書こう。」
と言ってくれたことが嬉しかったそうです。
「先生が、おれもみんなと一緒なんだよって言ってくれたんだよ。一緒なんだなって思ったら嬉しかった。」
と話してました。
ただ、本当にみんなと同じように板書するのは今の三男には難しいので、先生のご配慮で書くことを限定し、
兎に角「みんなと同じタイミングで連絡帳を書ききる」を目標にしてくれています。
配慮するってこういうことなんだなと思いました。
チャイムが鳴ったら遊びをやめて掃除を始めることも、注意されないことに疑問を感じながら遊び続けてたということなんでしょうかねぇ。
三男の思いはわかりませんが、(私は、あかんことって分かってるならちゃんとしようよ!って思ってしまいます。)、何をしても許されてることは、優しくないということなんだと知りました。
配慮することはわがままを聞くことではなく、できないことをどうすればできるのかを考えること
…そういうことなのかな?とここのところ思っています。
でも、こういった配慮が受けれるのは支援級に席をおくことにしたから。
去年との大きな違いはここ。
支援級に入れてよかったなと思います。
