悩みって 意識なんですね 悩みって対外的なことなんですけど
対外的な 内面の問題です。
内面と外面は連動しており 外面 ようするに対外は
体内が整うと 解決していく。
嫌な人 嫌いな人について 自分が意識しなければ
嫌な人 嫌いな人は自分の前から消えていく
それは物理的な作用も同じようにおこる。
逆のことを言えば 嫌いな人を意識しているから
嫌いな人が引き寄せられている。
嫌いでなくなれば 消えてしまう。
多くの人は 理性でなんとかしようと思ってしまう。
嫌いな人を好きになろうとする もしくは良いところを探そうと
してしまう。 ところが抑圧すればするほど それは大きくなってしまう。
それをモンスターと言う そのモンスターはどんどん大きくなり
自分をコントロールしはじめる。
ところが 無意識は 意識でコントロールできる。
嫌いな人を 好きになることはできないが
嫌いな人を 独り言で「好き」ということはできる。
全く好きになる必要はないが プラスとマイナスを
脳のプログラムの中で埋めると プラスマイナスがゼロになる。
脳のプログラムとは何か? それは「言葉」なんですね。
脳の中には 嫌いなプログラムがあって 言葉によって
そのプログラムが強化されていく いくら抑え込んでも
無意識の中でそれを感じ 意識を変えようとしていると
そのプログラムは強化されてしまう。ところがその反対の
言葉をつぶやくと プログラムはプラスマイナスゼロになり
その人が嫌いで無くなる ようするに意識の中から消えてなくなる
すると その人に会うことは無くなるのだ
前向き思考は モンスターを大きくする
理性によって抑圧されたものは だんだんと大きくなり
それにつれて 理性もだんだんと 強くなってしまう。
その理性が ああすべき こうすべきという 他人や家族を
抑圧し 抑圧とそれによって解放されない 窮屈な世の中を
自分自身でつくりあげ それに縛られて
縛られているのに 中ではモンスターが暴れはじめ
コントロールができなくなっていく
そして人に助けを求める。人に助けを求めた場合は
一つ解決すると また一つ問題がでてくる
そして依存する形になっていく 問題は自分の抑圧した
自分の中のモンスターだ!
お化けは光をあてれば 消えてしまう 自分が自分を抑圧しないで
自分が自分を光り輝かせ 影を照らせば 影は消えてなくなる。
意識を高めていく 意識をコントロールするということは
意識という脳のプログラムを フラットにしていくだけなんですね。
問題は自分の中で起こっている。そこに焦点をあてれば
ディープな問題も解決していく。
「こちらが挨拶しているのに あっちは挨拶もしないなんて許せない」
これを 「私も挨拶なんてしなくても良い」 と思うのではなく
言葉に出して言ってみる。多分挨拶したくないのは 自分なんですね。
「自分が挨拶してあげているのに!」 自分は挨拶を理性でしている
決まり事としてしている イヤイヤそうさせられてきた
だれだって嫌なのに やっている でもあの人はしない!けしからん
って 自分で勝手に決めつけているんです、自分が好きで挨拶している
のであれば 相手の反応は関係ないし 好きな行動をすれば
好きな行動が返ってくる。 大抵はかえってくるんですけどね!
返ってくる気持ちのよい挨拶に焦点をあてれば 返らない人は
気にならなくなる。
おかしいな? 何か問題があるんだろうな? でも私には関係無い...
理性が強いと「私が悪いことしたのだろうか?」
「機嫌を悪くさせたのではないか?」「私に問題があるのではないか?」
なんて どうでも良いこと 問題解決しないことを 悩みはじめる。
ああすべき こうすべき を手放し それができなければ 言葉で
ああしても良い こうしても良いに 変換して 形だけのフラットをつくる
そうすると 傾きが無くなり 大切なものもこぼれにくくなる
なじれ ゆがみ かたむき は 力によって及ばされる
その力をゆるめてあげる その力の入っている部分にふれてあげるだけで
引っぱり合いは無くなる
向こうでひっぱっているから こっちから引っぱり返す それによって
バランスがとれている 自分が手放したら 倒れてしまう。 と思いきや
自分が手放したら 向こうもゆるめないと 向こうでもバランスがとれないんです
自分がそっと力をゆるめてみると 向こうもそっと力をゆるめ
楽に バランスをとることができるようになる。
前に進めないのは 力を入れて 自分でブレーキをかけてしまっているから
でも一生懸命 前に進むと 進めてしまうんですね。 それが努力です。
努力でもなんとかなってしまう。でも違和感がある スイスイとは進めない
努力では限界がある なにかイライラする
ブレーキを少しゆるめるだけで 簡単に前に進める。 スイスイと進める
お金が欲しい人は お金を寄付する
コンビニの募金箱に 1万円 入れてみる。
見返りを期待した賽銭箱ではいけない できるだけ緑の募金など
多く払うことに 自分の満足度の低いものが良い
それができれば 意識がお金を超えることになり お金にコントロールされない
お金の手をゆるめてあげると お金が入ってくる、
そんなことがある。
それは額ではなく 割合だ 自分が常に手元にあれば良いと思う額の
1/10を募金できればその額は多分手元に入ってくることになるでしょう
10万円だったら1万円 100万円だったら10万円
その人がどれだけ手放せるかが その人の器であり
その器に応じた収入がはいっていくる。
多くの人が収入を増やせば 器が大きくなると思っているが 逆である。
問題はお金にかぎらず 自分の意識をどうコントロールしていくかなんです。
恋愛も お金も 社会的な位置も どう手放させるか........
手放すかどうかは その人次第で 手放したといって失うものではないし
手放しても それに固執している間はコントロールできないし
大切なのは恐る恐る手放してみて バランスをとってみること
見返りを期待しないで 試してみること
見返りを期待すること自体が まだ手放していないということになる
自分がコントロールできれば 周りはその影響を受ける
自分をフラットにしよう! 意識を高めよう(プラス思考じゃなくね!)