考えてみたら・・・家でまともな人は父だけでした。

 

母、 兄が2人、そして私。

みんな仲良く今で言われている発達障害。

 

特に、母は天才的な人でした。

 

父が若い頃は収入もあまり良くなかったんだけど、

なんでも作っちゃうの。

 

今で言うと、買った方安いんじゃないの?

っていうのが、作った方が安い時代。

 

 

母はね、スケッチブックを買ってきて

折紙&切り絵も使い、ノリで貼って

絵本を沢山つくったのです。

 

 

そして、母の凄い所はそこで物語を作らないの。

 

図書館も行ってたんだろうけど、

母は自分の言葉にも自信がなかったんだと思う。

 

 

貼ってある物は全て、童謡でした。

 

七つの子だったら、カラスが7つ折って貼ってあって

 

そんな折り方どこで教えてもらったの?

 

ってものもあったから、多分・・・自分で完璧で覚えてたり

後は創作して折ったりしてたんだと思う。

 

 

当然、折紙なので貼ってない側の面は飛び出している状態。

 

 

兄はね、ずーっとそれを持っていました。

自分でも、あれは宝物だと言っている。

 

 

やっぱ、母は変わった人でした。

 

母は、行動も面白いけど才能も持っている人だけれど。

(人間国宝の血を引き継いだんだと思う)

 

でも、私の目からみたら父も変わった人なのですよ。

 

 

だけどね、そんな父が実は普通で一般的で。

 

そして、現在にも通用するような考え方を持っている人だった。

 

 

 

昭和の育児ってのは、どちらかというと過保護で

昭和の後半からかな、放任主義育児の時代だったのですよ。

 

平成になったからは、自我を大切にする育児がブーム。

そして今の時代は、社会性を大事にする育児が主流ですよね。

 

だから、発達障害という言葉もポピュラーになってるんだろうけど。

 

 

でも、父はこの時代背景は全く関係ない人で。

 

「他人の目とか、世間ではない。お前自身が問題なのだ。」

 

という教育方針なのです。

 

 

だから、どの時代になろうとビンゴする訳ないのですよ。

 

父みたいな人が、この時代に生きていたら・・・・

多分、皆さんから愛されるブロガーになってたと思う。

 

 

だってさ、連れ合いは発達障害。

そして大人になった我が子は発達障害。

この時代に社会人へ向かう下の我が子も発達障害。

ついでに、末の娘も発達障害。

 

あと、会社起こしたのはいいけど雇ってる人が若干発達障害。

 

家庭と会社で操縦法を分かってしまった、そんな俺は普通の人。

 

 

もうね、ネタ満載。

 

父が亡くなった後に、子供たちが戒名を作る時に

どんな人でしたか?というアンケ取らされた時に応えたのがね。

 

 

「あぁ~、お父さんはどこの世界でも、広い目を持てる人だった。

そして、どこのどんな人にでも対応はそれぞれ違ってた。

もしかしたら、それぞれ印象が変わるかもしれない。

だけど、他人と輪になる時も、一人で食いしばる時も

それを喜びとして受け止めて向かっていく人だった。」

 

 

だから、まともな人だったのです。

 

多分、吸収して整理して吐き出すように進んでいく。

帆ではなく指揮者の様な人生だったのかもしれません。

 

 

子供を褒めるコツは、

子供を見つめて、感じて、感動してしまうと、

そこにその子にしかない光ってる物が見えてしまうのですよ。

 

そうするとね、その子が知らなかった事や

気付いてもらって嬉しい事や、本人のこれからの軸になる物と

ビンゴしてしまう事があります。

 

 

ぜひ、やってみてー♪♪