今日は1日お休みで。
頭の中を唯一空っぽに出来る日となりました。
本当に空っぽなのか?というと
嘘になってしまうんだけど
心配事や憎しみ事を予定まっさらな日に
考えてしまっても環境や関係という名の
時間が進む訳ではないと思うとまっさらに
しないと勿体ない💛
きっと、仕事の日や予定のある日に考えてしまうのは、
人間として退屈な事を考えてしまっても別に罪はないと思う
自分への許しがあるからなのかもしれないわ。
休日に、精神が腐ってしまうと本当に
自分の腐り度を余計に感じてしまうからなのね。
ただ、週末に勉強になる事があったので
ブログに覚書をしたいと思ったので書き残そうと思う。
私には、許せないと思える事をしてきた
目上の女性が何人かいる。
若造だった私は、その女性の行動は
とても信じられない事なのだけど、
もしかしたら自分はまだ未熟で
その年齢になったら、私も分かる事なのかもしれない。
って思いながら10年近く経った後に
その女性の心理を考えてみたり
その年上の女性と同じ年になった頃に
もう一度考えてみたりと、何度かやってみたんだけど
やはり、未だにその「行動」や「言動」が理解できない。
つまり、正義と言う名の他害者にあってしまった気分。
ただね、理解はできなかったんだけど、
その道を辿るとどういった、心理の巡り合わせに
出会ってしまうのかというケースを一つ知りました。
この週末に。
一人の女性が、人としての道に欠けた事を
目下の人間に忠告したとして。
その忠告された人が
「そんな人として欠けた事を命令されてたまるか」と
反抗して終えたとしても。
その一人の女性が下した、
「忠告」や「命令」、時には「行動」や「言動」が
目下の人間を、うん十年以上・・・或は一生
理解不能だったり、傷ついてしまったとする。
そういう物っていうのは、大抵が
その目下の人間が窮地に追い込まれている時であり。
崖っぷちに必死につかみ耐えようとしている目下の人間に、
その目上の人間という者は、崖の上から見下し御もっともな表情や
その人の価値観や経緯という物に
唾を吐くような行為に達するような事をしているのですよ。
んだから、された側はうん十年・・・または一生
頭を抱えてしまうのですよ。
その目上の人間が下す、
「忠告」や「命令」通りに物事が進まなかったとしても
因果応報というものはあるんだねという、答えを知りました。
もしかしたら、当時の私がその目上の女性に
思いを伝える程に口が達者な人だったり
その口達者な目上の人からの言葉を、丸ごと返して
「忠告返し」や「命令返し」をしていたら・・・・・
もしかしたら、その女性達は
目下の人間にも、心があるんだよ。
という、勉強になり
その後にやってくる、「今」が来ないですんだのかな?
とも思える。
でも、大抵の人間ってのはお人好しにはなれないから
いつかやってくる因果応報を待つ事となるんだろうなと思った。
当時の私も、愕然として教えてあげる気も起きなかった。
もちろん、こういった逃れられない因果応報っていう奴は
「知らず知らずに相手を傷つけてしまう言動や行動」とは
全くレベルが違う、故意的な言動や行動なのです。
改めて当時の自分や、今でも考え続ける自分に
覚書として教えてあげたいなと思う。
お前が分からなくて当然だと。
ただ、ほら見た事かとまでは言わないし
言おうと思っていない。
もちろん、水に流せるような事ではないので
許せる日は来ないだろうと思う。
弱者にそれだけの事をしているのだから、仕方ない。
(忠告や命令を背にして、人間らしく不器用貧乏で生きた私は、
自分らしい幸せな人生へと進んでいます)