実は、昨日たまたまそんな話になった事がありました。

 

 

社長とね。

 

たまたまAさんという人の話になったのです。

 

たまたま、Aさんは共通の知っている人で。

どちらかというと、私はAさんを社長よりも知っている。

 

Aさん、社長とウマが合いそうw

って言ったら、社長がちょっとビックリしたのですよ。

 

Aさんはちょっと、社長とはキャラが変わるのでね。

どちらかというと、社長はおっとりさんなのと

やっぱり中身は男の子なので。

 

(男の子という表現は、帝一の國という映画に出てくる表現で

優しい性格の男の子が、帝一に

「ぼくはね、負けたくないんだよ男の子だからね」

という台詞があり、私の男の子イメージが変わった物。

帝一の國の映画面白いのでおススメ♪)

 

 

 

そうそう・・・人ってのは、当人のイメージと他人から見たイメージは

かなり変わりますよね。

 

昔、親からの判定を三面鏡で表したけど

これとちょっと等しい。

 

 

 

人のイメージは更に変わるのですよね。

 

ただでさえ、性格は多重人格でなくとも

下の様に形成された場合、何種類も人格という物がある。

 

 

他人から見える人格と自分の人格にズレがあるのだから

コミュニティーが若干下手な方の私の場合・・

そして、うちの息子等の場合・・・どうなるのだろうかw

 

 

私は子供の頃、「いい人」と「悪い人」の区別が

とても難しかったのです。

 

※この場合の、「いい人」はよくある論理的な

 「良い人とは、その人にとって都合や居心地の良い人」

 という表現とは変わります。

 

親によく、テレビや人を観ていて

「この人はいい人?」と聞いていたと思う。

 

 

息子も、TV観ていて

「あの人はいい人なの?」と聞く事もよくあるのですが。

 

 

更に、言語能力が弱い息子。

相手との性格やその相手が見られたい性格も

なかなか掴みづらい。

更に、唯一の表情筋は生活年齢よりも弱く

相手へ告げる言葉がとてもに近い程、下手。

 

こういった場合・・・手帳を一種類日本に作って欲しくなる程に

生きていくのは大変になるのよね。

 

未成年でこれなのだから、彼が成人したらどうなる事だろう・・・

こういった物を含めて、

これからの社会にまた、

発見や表現指数基準設定が進むのを願う。