発達障害の一つである、ADHD。
今では、発達障害というワードの中に
自閉症の人と同じジャンルの中に
ADHDも含まれるようにもなりました。
人の脳は必ずどこかに欠陥や無欠があり
標準体の脳や完全変異の脳も
なかなかありませんよね。
なので、そもそも自閉症よりの特性や
ADHDよりの特性はあったとしても
完全体の自閉症や完全体のADHDの人に
出会うのは、またまた少ない確率なのかなと
私は思います。
たとえ、脳に少々個性的な認知や行動を示したとしても
皮膚や神経というまた別の部品があるので、
交感神経や副交感神経が邪魔するかもしれないし
感覚過敏や感覚鈍麻、あるいは記憶や背景が
本来あった脳の指令を邪魔したり、変化球する事もある。
なので、ADHDや自閉症という枠もだけど
同じ自閉症より脳を持った双子がいたとしても
それぞれマーチンへと変わる事もある。
今日は、なぜこんな事を書くかというと、
私の知っている人に80%に近いADHDの人がいるのです。
息子が障害を持っていると知った時に
(初めての育児なので認めるも受け入れるもなかった)
自閉症というネーミングをもらった頃、
検索して、初めに目についた言葉は
「自閉症の子供は大人になっても社会不適合だが
ADHDの子供は中高生位にはやわらぎ、社会参加できるようになる」
という物でした。
あーーーーなんで・・うちの子はこっちの方(自閉症)に
なってしまったんだろう。。
どうせだったら、ADHDの方がよかったのに~と
思ったものですよ。
今思えば、それは間違い。
もちろん、私の今持っている答えはブログには書きません。
どういった環境の方が読んでいるか分からないからね。
ただ、ヤンワリと答えるのならば
どんな脳に特性を持っている子供にも
その子供達の将来は、まるでレースのカーテンみたいに
靄に包まれているとしても、日差は決して消える事はない。
とだけは応えさせていただけたらと思います。
話は元に戻り、80%・・・またはそれ以上のADHD度を
持った方は、本当につらいんだろうなぁ~と思います。
私は、とある魅力ある特性を持っていて
それは、自分の欲する物であれば
本来の集中力から自作動で限界突破する事が出来るのです。
なので、社会人生活のなかで
1時間ではなく、勤務時間まるごとできるのです。
もちろん、ADHDの特性が働き、
別の作業を組み込んだり、組み込まれたとしても
集中すべき作業や集中すべき場所を進行し続けてられるのです。
まさに、自閉症の強い人。KYな社会不適合者です。
私がこうなれたのは、やはり親のお陰です。
「この子は素晴らしい子」と口に出しているような親ばかさが
自分のコントロール方法を導くことが出来たのでしょう。
行く場所行く場所、自分が向いていない場を退き
自分だったら出来そうな場や、他人が受け入れてくれる場へ
移動していったのもあります。(苦手な事も積んでいく)
80%のADHDの方は、私からみたら大変そうなのですが
自分の居場所を作って、それなりに満喫しているようです。
ただ、体が痛みを持っていても疲労していても
体を動かし続けている所がかなり、辛そうです。
また、その横にいる方は理解は難しいようで
「どんな身体の状態でも動かなければ苦しくなってしまう特性」は
気が付いていないようなので、気にはなりますが。
じっとしなければならない場所で、少々苦痛になりかける時の
表情を見ていると、苦しいのかな?とも思います。
そういった方が自分の特性を生かしきっていた後に
時々「アレ!?」と驚かせる、独特の表情があるのです。
多分、ドーパミンがさく裂していて
激しく刺激されている中でないと生まれないセロトニンが
その方にはあるのかな?と思います。
なんていうかね・・・脳を筋肉に例えると、
プロビルダーが、コンテストに備え
充分に血管をバッキバキにマスクメロンの様に表に出して
鍛えぬいた筋肉をオイルでピッカピカに塗り輝かせているような状態。
もうね、脳がそうなってしまっている感じ。
そして、飛び出したいけど飛び出せない感じの
スタートダッシュにかかとが付いているけど
スタートにお預けをもらっているような状態は
多分、ADHDが強い方にしかその人の気持ちは理解できないと思う。
その人の理解されなさそうな環境や
社会の中で走ってしまう姿を見てしまうとね。
簡単に、ADHDの人は特性を生かせば才能満ち溢れると
口に出してほしくないなと思った。
実際、私も自閉症が強くて不便な事もよくあり、
たまにTVやネットで、「自閉症の人は特性を生かせば~」という
枕詞や夢物語を聞くと、心が屈折してしまう事もあるから。
だけど、発達障害を弱める方法や打策も
探したり研究を進める必要あるのかな?
その人は必要性がある為に今を生きているんだし、
社会勉強や社会経験は本人なりに見合う経験に
出会えた上で、
本人が自分なりに変わっていくものなのではないかな?と思う。
これからも、目に見えない障害は他人からは理解は難しいと思う。
そして、それを背に生きていかなければならないけど・・・
でもそれは、その脳に特性を持った人限定ではなく
誰もがある、当たり前の事でもあるのかなとも思う。
まとまらないが、自分とは違う
ADHD度がとても強すぎる人を見て思った感想です。