先日ね、仕事でお世話になっている問屋さん(みたいなの)で

物凄いセールがあったんです。

 

滅多にないので、なかなか買えないって言ってた。

 

あと、「ドレ買ったらいいですか?」と社長に聞いても

任せるよとしか言わなかった。

 

私が何を選んで、どうその商品を使うのかを

冒険させたかったらしい。

後で、正しい答えを教えてくれました。

このご時世で金額が動くんだから少しでも教えて欲しかった。

正直な感想。

 

しかし、冒険させてもらえたっていう事の感謝が

とても大きい。

どう使おうか、これからまた考え治すことにもなると思う。

 

 

でもね、ほんと・・・・この購入するにあたり

物凄い接戦で大変だったの・・・

だからピリピリするし、一度失敗してしまい

ただでさえ電話繋がらないのにキャンセルかけなければならないしで。

 

なぜ、こんな人気商品が買えたかというとズバリ

成長期にコンサートチケット購入をめっちゃ頑張ってたから。

 

あの経験が、物を言わせたんだと思う。

それから、私は数々の人気療育先や人気病院の電話が

繋がってしまうんだけど

やっぱり、コレもあの経験のお陰。

 

 

えーーー電話繋がらないよぅ~

って言ってるママ友の話を聞いて

「きみは、いったい何してんねーん。」

って突っ込みたくなってしまったりもしてたけど

考えてみたら・・・・私が慣れてるだけなのよね。

 

学生時代に、あんなアホみたいにコンサートチケット購入を

戦ってたのが、まさか20年後に役経つと思わないし

育児まで助けられると思わないよね。

 

 

 

人の経験ってどうなるか分からない。

 

ただ、コレが出来たのも

母が渋々、チケット代をくれたのと

好きにしろよと言ってくれてたからなんだよね。

 

あと、コンサートから帰って来た時に

「これやったんだから勉強しろ」ってのもなかった。

 

母は毎度、

楽しみの後には、楽しみに相応しい言葉を

かけてたと思う。

だから、次もチケット取りに元気に励んでたんだと思う。

母は毎度、「あらー必死ねーw」

って、その姿を面白ながら見てくれてた。

 

子供が解りやすい所で必死にしている姿があったので

母も安心してた所もあったとは思う。

 

好きな事を親は見ていると

ついつい自分の都合よい所でもそうなってほしいと

欲が出てしまう。

でも、そこでこの気持ちを押さえないと

楽しみの中で成功する秘訣を

子供は学習しようとしないのかもしれない。

 

また、人は独り占めしたくなる程の

好ましい場所や好ましい物を得てしまうと

そこで快楽と味わいを覚えると、

「素晴らしい物こそ、独りで楽しむのは空しい」のを

しっかりと解っているし、経験でどんどん空しくなるんです。

だから、仲間を求めたり誘い込む習性を備えてるんです。

 

人間は毎度も潰れかけても

絶滅しないようにできてるのが答え。

 

 

母の我慢(子育てに自分の欲を押さえる)は

母が亡くなり何十年も後に、孫を支える為に

何等かの形で残されたのです。

 

 

人の想いはどう続くか分からない。

そして結果や答えが引き継がれていくかは

わからない。

 

私達は何年、子供の親として生きれるのだろう。

そう思っている時は、是非に

教育に焦らず

「子供が楽みの中で成功した際は、

 次も楽しみの中へ進もうとする姿を黙ってみている」と

いいのかもしれないよ。

そこで、必ず子供は集団欲求=生き抜く知恵を

微妙に掴み取ってるし、

経験は自信となって本人を守るから、

自分がいつかいなくなっても、その自信が子供を抱きしめる事になるだろう・・・

ってのを期待。