人はどんな不器用な人でも
関わり合う事で何らかの快感を覚えます。
私達の脳に深い関わりを持つからなのでしょうね。
他人と関わり合うという事で
苦しみも味わいますが、他の感情もですが
経験や刺激、自分に足りない物や欲しい物も生まれます。
人などんな時でも自分大好きですから
明日も生きていく為には藁をも掴んでいるんですよね。
私達が子供の為に藁をも掴んでいるつもりでも
一番それを努力し続けているのは
実は子供だったというオチだったり。
この世界ではあるあるな話です。
人とのかかわりがテーマで
私では、埋めれられないんだなぁ~と思った事。
生まれてはじめてそれを感じたのは、
産みの母が亡くなった時でした。
それが第一に兄弟の仲で一番早く
父の気持ちに気が付いたから再婚には
大賛成でした。
母が亡くなった事で、
父は心にぽっかりと穴が開いて
子供達が寄り添っているつもりでも
無力でなかったとしても
埋めれないものは埋められない。
父にとって、母は妻だけでなく
荒野を歩んだメイトだったのでしょうね。
子供ってのはメイトにはなれないものね。
いつの時代でも上下関係。
コレは、子供にも言えるんですよ。
うちの子見ててまず・・・そう思った。
学校選びにココはとても深い要素になると思います。
うん十年も前の今日に亡き父が生まれたけど、
5年前の今日は息子の行動監査でした。
そこで、息子は支援学校という事になるんだけど。
小さい年齢のうちは支援学級で途中から支援学校に
行こうかなと思ってたのが、2年余り。
でも、息子が年長になるに連れ
「やっぱこのパニックがあるから無理かなぁ~」
とも思うようになったんですよね。
そこで、とても私の心に障害となり刺されたのが
「息子なりに成長をして言っていた」
という事でした。
また、あまりにもハードスケジュールな療育環境なので
周囲は普通の学校に入れたいママに見えたみたい。
支援級に入れたい親にも入れたく見えたみたい。
息子が支援学校を進むというのを知った時に
何度か労いの声をかけてくる人達を観て、
これだけの人達が私の笑顔の影に気が付かなかったんだなと
初めて分かった。
それだけ、当時の私は振りまいてたのでしょうね。
お陰様で、息子はメイトのいる生活をしています。
息子のメイトも家で、うちの息子の話をしているそうです。
残念ながら、息子は中間記憶が貧しいので学校の話を
出来ないのですが。
たまーに、一つの物を指差し
「〇〇くんが大好きな物だ!」と言えたりもしてます。
行動監査で、一度は傷つくママもいるだろうけど
「でしょうねぇ~」と思うママが大半だと思う。
その後が色々聞いてこられたり
ほっといてくれと思わせる発言も受けたり
セカンドレイプな言葉ももらい
色々大変だろうけど、我が子の為にも
ここはグッとこらえてスルーしながら、頑張ってほしく思います。
追伸、支援級の判定受けてたら
もっと、あの時よりも
別な辛い事があっただろうなと思います。
今思うと、子供を理解してるのはやっぱり
親なんだなと思った。