28日の講座終了しました。、
感想はアクアちゃんが、載せてくれてるので
違った面からの感想を書こうと思います。
間のグループワークにて
出席してて思ったのは
専門用語や一般・民間療法、
●●をして対策を練る、
〇〇に原因がある、
という言葉が飛び交ってるなぁというのが
私の率直な感想です。
キョロキョロ、ポッツーンとした時に
情報溢れるネット環境って
リアルになるとこんな感じなんだろうなと
思いました。
次から次へと、言葉が出る方々は
直ぐに出てくるの。
「日頃から、子供達に良い物探しを
沢山考えてるんだろうな」
という印象も受けました。
一方の私は万人まではいかないが
息子の周りにいた子供達や
一筋縄に行かない息子を抱えている
ここ10年を思い出したり辿りながらの受講。
あー・・・顔出してみて思い出しました。
いつでも、私は息子ばっかりで・・・
息子と一緒の時間は24時間。
今では15時間くらいだけど。
毎日何かしらやらなければいけない事を
片手間にしながらの、療育生活だったと思う。
人の能力ってのは、限られてるからね。
伸びしろってのは苦戦を続けていってやっと
出来上がっていくものだから。。
昔も今も、私は要領オーバーっだったと思う。
何故、私達は医者の言葉を信じてしまうか?
母親は、情報社会の中で吟味するように
医師たちも吟味してかなければならない。
または、療法士たちを吟味しなければならない。
だけど、それはいざとなると簡単な事ではない。
できない物はできない。
頑張ってできるのであれば、それは障害と言えない。
仕方ないよね、上にある通りです。
私達は時間がない。
手間がない。
一方を思い出しながら、
目の前の子に色々し続ける。
コレなんだよね。
だから、勉強はしてるんです。
学んでもいるし経験も積み重なってく。
だから、誰かがおかしいと思われそうな事も
信じてやっている事がある。
たまたま、それを他人が強く共感したりもする。
その繰り返しです。
何故、薬を処方して
増量していく医師についていくのか?
(減薬を意識させた、処方をしない
医師に出会ってしまうのか?)
簡単な理由が見つかりました。
そう、私達は医師が選べない。
正しくは、診療所さえも選べない。
選べた所で、
時間はかかる。
しかし、役場は期限を図ってくる。
片手間で一途な生活なので
濃度は24時間以上あったけど
24時間では足りない毎日。
私達の24時間は、
一般の方々の24時間とは一緒にされたくない。
選ぶ診療所はいつでも、専門的。
理由は訓練のある場所と診察を別々なんて
通いきれないから。
大人と一緒の小児科や一般小児科なんて
看護婦さんや他の患者さんに迷惑かけるので
出来ないし、本人自身が苦しくなるだけだし。
それは、手間とか一人っ子じゃないから
そんな単純な理由ではなく
子供との待合室は、母親にとって地獄だから。
これに、併発が入ると更に地獄。
待合室の地獄さ。
家庭で、息子を腕をひねってやりたいとしたら
待合室では、首をひねりたい気分になる親は
少なくないだろう。
そう、待合室は何もない。
持って言った所で、子供は音を出したがる
座っていられない。
座ってられたとしても、移動を求める。
私達が通える範囲の病院っていうのは
大抵が小さな小児科か
小さな発達専門クリニック。
または大きな専門小児科か分散医院。
乳幼児の頃は、保育園でない限り
パートも出来ないものね。
だから、私だけでなく周りは働けなかった人は
多かったから、どんな待合室が地獄でも
こまめに通えてたのを思い出します。
私の荷物は、付き人みたいに玩具や本でいっぱいで
バンド時代にギターを抱えてた頃と変わらなかったw
あれを両手開かせられる様なバッグやリュック。
プレイルームに行ったら迷惑かけるし
出されっぱなしで
片付けられないまんま行くのも怒られるしさ。
仕舞うと拘りで子供は親にうるさくなるだけだし、
小児科のプレイルームに助けられるのも
一時しかなかった。
病院でコレなんだから、
療育施設も同じだよねw
療育施設の先生から、
トイレに拘り持った息子にてんやわんやしたり
あまりにも親の私が工夫したとしても
時間通りに行くのが大変だから
お休みや遅刻が続いてしまってた、あの日々。
嫌味も言ってきた先生の顔は忘れられないw
だから、行ける場所は限られてた。
今は、仕事の都合で地獄の診察室に
向かっていけるのが限られていってるからだけど。
専門用語や一般・民間療法、
●●をして対策を練る、
〇〇に原因がある、
という言葉が飛び交ってる場に座ってて
あの当時を思い出してました。
時代は変わって、
選択は増えたとしても
いつの時代でも地獄の待合室を
親子で耐えてる姿は変わらない。
多分、これからのこの業界。
良くなっていくとするならば、
専門者たちが、ブレイクする事で重要な物が
見つかるんじゃないかなと思った。
どんな素晴らしいアイデアも、
積み重なってって、伸びしろ増えていって
ここぞという時に他の事で追いやられ
帰って来た頃に、上から降りてくるものだから。
育児で、自分の子のコツが見つかるのも
一旦、他の仕事を短時間に詰め込んだ後に
下りてくる事が多いものね。
帰ってくる頃の自分は天然に戻ってるから
逆方向から客観的に再活動している。
そう・・・思った。
言えなかったけど。
だから、私達は同じく障害を持った親御さんの先生や
データ量や経験が多い先生たちに耳が行くのは
そういった理由からなんだということを。
医者の先生たちには、
信じていくから一緒に回り道していく
勇気を持ってほしい。
途中から通わなくなる親達も多いから
先生達は、時間が限られてしまう危機感に追われ
その場その場診療になるのかもしれないけど。